田中 新吾

ドイツの貴族階級に生まれた作家の「人間同士の交際についてのアドバイス」が非常に良かった、という話。

アドラー心理学では「人間の悩みは全て対人関係の悩みである」とされているが、個人的には悩みの “全て” が対人関係だとは思わない。

お金のこと、健康のこと、仕事のこと。

人間の悩みは「対人関係だけでは片付かない」からだ。

しかし、「人間の悩みの “多く” は対人関係の悩みである」と言われれば納得はいく。

確かにそうだと。

自分の話になるのだが、

中学高校時代の私は、はじめての人や異性との交際がとても苦手で、対人関係に悩むことのない仲の知れた人としか交際しなかった。

つまり「対人関係」に悩むのが嫌で、そこから逃げていたのだ。

でも「自分は人見知りな人間だ」と自覚もしていたし、人見知りな自分が嫌いだった。

この「自分は人見知りな人間だ」という自覚は、30代半ばになった今もなおある。

しかし、今はもう自分は人見知りだからと自分のことを卑下するようなことはもうなくなった。

なぜか?

それは「人見知りじゃないやつは面白くない」といった、目から鱗が落ちるようなアドバイスをある方から受け取ったからである。

このアドバイスを受け取ったのは確か大学に入る前だったと思うが、何を隠そう私は「タモリさん」の考え方によって救われたのだ。

この経験というのが、私の中では遥かに大きな出来事となっており、この時を境に人間同士の交際の面白さに目覚めた。

要するに「対人関係は、自分の捉え方を少し変えるだけで面白くもなれば、悩みの種にもなる」ことを実感したのだ。

タモリさんはこの他にも「人間同士の交際」に関する貴重なアドバイスを残してくれている。

・どうせ嘘をつくなら面白い方がいいんです

・みんな心の奥底ではつながっていて仲良しだと思っていれば初対面も全然緊張しない

・日常で重要なことを伝えるには低いトーンで小さな声でしゃべる方が伝わる

・ストレスは発散することはできません。溜まる一方だからストレスを忘れるしかない

私はどれも至言だと感じているからこそ、いつでも取り出せるように自分の中の近いところの引き出しに仕舞っている。

で、これに匹敵するくらい影響を受けるアドバイスに最近は出会っていないなと思っていたところ、久々に「これは非常に良い」と感銘を受けるものに出会った。

それが、ドイツの貴族階級に生まれた作家のアドルフ・F・V・クニッゲ氏が書かれた「人間交際術」というものである。

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クニッゲ氏は1752年に貴族の父の家に生まれ、19歳で宮廷に奉職。

ここで君主に認められ、事業経営や農業教会の設立など若くして活躍したという。

その後1780年には宮廷から身を引き、流行作家として名を馳せている。

そんなクニッゲ氏が書いたこの本には、人間交際における「処世術(巧みな世渡りの方法)」的な話が「一言+その説明」というフォーマットで、100項目程度のアドバイスが記されている。

フォーマットが決まっているうえに、字が大きく大変読みやすいので読み終えるまでにそう多くの時間はかからない。

翻訳ということもあり、日本語がこなれていない感は正直否めないが、書かれているアドバイスの中身は「非常に良い」と感じた。

個人的に「非常に良い」と感じた理由は以下の二つである。

・「結局人間なんてこんなもんでしょ」がベースにあって、アドバイスに現実味があるところ

・「〜しない」という否定形のアドバイスが主であるところ

以下にそれぞれ補足しておく。

「結局人間なんてこんなもんでしょ」がベースにあって、アドバイスに現実味があるところ

実際に書かれているものを3つ例示としてご紹介する。

短いアドバイスになっているので是非読んでみてほしい。

一つ目は相手の話がつまらなかったら

相手の話がつまらなかったら

たまたま相手をした人の話がつまらなくて冗長なために、退屈して苛立ってしまうことがよくあります。

そこから抜けられない場合は、理性、分別、思いやりを総動員して、ありったけの忍耐力を行使するしかありません。

無作法なことをしたり、軽蔑したような態度を取ったりして、不機嫌をあらわにするのはやめましょう。

会話が空虚であればあるほど、そして、相手が熱心にしゃべっていればいるほど、こちらは勝手に他のことを考えることができるというものです。

しかし、よそごとを考えるのは礼儀に反すると思うなら、とりあえず自分がどれほどの時間を、ただぼんやりして無駄に過ごしているかを考えてみましょう。

それに、私たちもよく顔を出す集まりで、人に犠牲を強いているのです。

自分が話すときは、その話題がどんなに重要なものに思われても、退屈している人がいるかもしれないと考えてみるべきです。

二つ目は「愉快な気分で」

愉快な気分で

何よりも、人は愉快で楽しい気分になりたがっていることを忘れてはいけません。

きわめて有益な会話であっても、ときおり気の利いた、ユーモアに富む冗談でも交えないと、そのうち退屈なものになってしまいます。

さらに、世間の人は誰かに称賛されたり虚栄心をくすぐられたりすると、なんと思慮深くて機知に富む、感じのいい人だろうと思うものです

しかし、分別のある人にとって、道化のような卑しい振る舞いをするのは、沽券にかかわることですし、誠実な人にとっては、卑屈におべっかを使うなど、とてもできることではありません。

そこで、あなたにお勧めしたい方法があります。

どの人にも、卑屈にならずに褒めることができる美点が一つくらいあるものです。

道理のわかった人からそういう点を褒められたなら、相手はさらに磨きをかけようと気持ちがはずむことでしょう。

3つ目は「成功をみせびらかさない

「成功をみせびらかさない」

順風満帆のときも、それをあまり声高に話てはいけません。

成功、富、才能を見せびらかすのはやめましょう。

自分より優位に立っている人を、文句も言わずに、妬みもせずに受け入れられる人はまずいません。

同じ理由で、人にあまり親切にするのも考えものです。

とうてい返せない借金をした相手からは逃げようとするのが人間の性なので、寛大すぎる支援者は避けられてしまいます。

また、仲間の目には、あまりよくできた人だと映らないよう気をつけなさい。

彼らはあなたに多くを求めるようになり、たった一度要求を断ったなら、たちまちそれまで受けた数えきれない恩を忘れてしまうでしょう。

いかがだっただろうか?

いずれにしても「結局人間なんてこんなもんでしょ?」という「ぶっちゃけ」がベースになっており、そういう人間の身勝手さを理解したうえでどのように振舞ったらいいか、ということがまとめられている。

私はこのクニッゲ氏のスタンスに現実味を感じ、強い好感をもった。

「会話が空虚であればあるほど、そして、相手が熱心にしゃべっていればいるほど、こちらは勝手に他のことを考えることができるというものです。」

「世間の人は誰かに称賛されたり虚栄心をくすぐられたりすると、なんと思慮深くて機知に富む、感じのいい人だろうと思うものです。」

「自分より優位に立っている人を、文句も言わずに、妬みもせずに受け入れられる人はまずいません。」

というのは本当にその通りで、我が身を振り返らざるを得なく、私が聖人君子のような人は信じていないというのもあって、読んでいて非常に心地がよかった。

加工された情報を摂取しすぎたからなのか、こういうぶっちゃけ感のある話が胸によく突き刺さる。

「〜しない」という否定形のアドバイスが主であるところ

そして、書かれているアドバイスの多くが「〜しない」という否定形で書かれているのが「非常に良い」と感じた二つ目のポイントである。

例えば。

「他人の評価を気にしすぎない」

「自分の苦境を訴えない」

「成功を見せびらかさない」

「人の失敗を吹聴しない」

「信条は曲げない」

「気分屋にならない」

「気分屋に深入りしない」

「自分が完璧だという顔をしない」

「洗いざらい話さない」

「人を笑い者にしない」

「悪い冗談は言わない」

「うわさ話を広めない」

「同じ話を何度もしない」

「人の容姿を小ばかにしない」

「他人と自分を比べない」

「無理して若作りしない」

「相手の心を独占しない」

これは一部でまだまだある。

何かの「成功の確率」をあげるためには、失敗を重ねる中で「してはいけないこと」を学習することこそが定石だ。

何故かと言えば、商品が売れるか売れないかのように、成功は「環境」や「運」に左右される部分が非常に大きく、「こうしたら成功する」ということを断言することが難しいからである。

ところが、思うに「こうしてはいけない」ことを断言することはある程度可能だ。

たとえば、商品やブランドのネーミングをする場合、ネーミングから感じる「違和感」が小さすぎると目にも留まらぬ早さでスルーされてしまい、それが大きすぎるとすぐに飽きられてしまう。

故に、ネーミングにおいて違和感は「小さすぎても大きすぎてもいけない」。

このように成功とは、「こうしてはいけない」を少しづつ積み上げていくことで成功する確率を高めていく作業の先にこそある。

身銭を切れ」の著者、ナシーム・ニコラス・タレブはこれを「否定の道」と呼んでいる。

「否定の道」とは、何が正しいかよりも何が間違っているかのほうが明瞭であるという原則。

言い換えれば、知識は引き算によって膨らんでいくという原則。

また、何がおかしいのかを理解するほうがその解決策を見つけるよりも易しいともいえる。

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以前、SNSで話題になっていた、明治学院大学の高橋源一郎名誉教授の「論破禁止」も人間交際における「否定の道」と言えるだろう。

クニッゲ氏のアドバイスの多くはまさしく「否定の道」。

人間同士の交際においても、成功させるためにやるべきことは結局同じなのだという確信を得ることができた。

「人づきあいのバイブル」として

この本を読んで戸惑うほどに驚いたのは、「人間交際術」の初版が「1788年」という点である。

要するに、今から「200年以上も前」にこの世に生み落とされていた、ということだ。

そして、ドイツでは現在でも「人づきあいのバイブル」として読まれているほど大きな影響力があり、「人づきあいといえばクニッゲ」という感じで歴史に大きな痕跡を残しているのだという。

この影響力は国内には留まっておらず。

あの「森鴎外」も、クニッゲ氏の「人間交際術」を読み感動して「森鴎外の「知恵袋」」を発表したそうだ。

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しかしまあ、200年以上前に書かれた本が現在でも参考になるとは本当に驚いた。

これは人間の根本のところはまったく進歩していないとも言えるわけで、だいぶ笑えてくるところもある。

恋愛、結婚、離婚に関するアドバイスも多いに役立つだろう。

浮気されないために

魅力的なよそ者がふいに現れて、一時的にせよ伴侶に好ましい印象を与え、家庭の平和にさざなみが立つことがあります。

夫婦というものは、最初の盲目的な愛が消え去った後も、他人の魅力に目移りしないよう、たがいに愛情を温め合わねばなりません。

たまに顔を合わせるだけの他人は、そのよいところしか目に入らないものですし、いつも一緒に暮らしいている相手が言わないようなお世辞も行ってくれます。

しかし、夫が自分の義務を忠実に果たし、卑しい羨望やばかげた嫉妬のそぶりも見せずにいたら、こうした一時的な気の迷いはそのうち消えてしまいます。

クニッゲ氏の「人間交際術」のアドバイスは、人間の本当のところをよく捉えているが故に「非常に良い」と感じるものが多い。

ドイツ人が今もなお「人づきあいのバイブル」としているように、

トイレに置いておく。

ベッドの側に置いておく。

Kindleで買ってスマホに入れておく。

などして、私たち日本人も身近なところに置いておいて定期的に読むようにすると良いのかもしれない。

Photo by Egor Myznik on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

推しの漫画は、ジャンププラスで連載中の「ダンダダン」で、「ターボババア」という現代妖怪に心とアソコを奪われそうです。

プロジェクトデザイナー/企業、自治体のプロジェクトサクセスを支援しています/ブログメディア(http://ranger.blog)の運営者/過去の知識、経験、価値観などが蓄積された考え方や、ある状況に対して考え方を使って辿りついた自分なりの答えを発信/個人のプロジェクトもNEWD(http://ranger.blog/newd/)で支援

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