ネガティブを見ることで、ポジティブに転換するところまで発想を飛ばす、という話。
最近身の回りに起こったネガティブな出来事は何だろうか?
最初に思い浮かんだのは、炊いたご飯がべちゃべちゃになってしまったこと。
こんな些細なことがネガティブな出来事の一番に上がるとは、これ以上の平和な日常はないではないか!なんて思ったりする。
炊飯時間、水加減ともにこれまでと同じようにやってるのだから、べちゃべちゃの原因は新しく買った米にあることは間違いない・・・。
最近、値段がもう少し下がらないか?とギリギリまで引っ張っていたのだが、ついに底を尽きてしまって急遽購入することになった米だ。
でも、米によって”硬さ?”が異なるなんて聞いたことがないが。
とりあえず、この”硬さ?”を疑って、2回目は炊飯時間を短くしてみる。
それでも結果は変わらなかった。
そこでやっと気づく。
「新米だからか!」
調べてみると新米は古米よりも水分量が多い。
これははるか昔に私が触れた知識だったが、そこからここまで埋もれていたものだった。
埋もれていた理由はチャンとあって、それは私が長い間、古米ばかりを食べてきたから。汗。
水加減が古米用の一点に自動固定されてここまできたのだ。
何という倹約家(小心者?)だろうか!
そんな知識のない倹約家の自分を苦々しく思いながら、水加減を勘で適当に減らしての3回目。
それでもまだべちゃべちゃする。
このあたりの私の勘の鈍さは未だ健在のようで・・・。
次は、いい塩梅にしたいと思いながら、なんとも地味な試行錯誤が続いている。
今回は、こんな平和な日常の中のネガティブな出来事から、いろいろ発想を飛ばしてみた話になる。
物事はネガティブに見えたりポジティブに見えたりと受け手の解釈次第であるから、どんなネガティブでもポジティブに発想を飛ばすことができるものだ。
そんなことを言い聞かせながら、敢えてネガティブから入ってみたい。
同じ味を出すのは難しい!?
炊飯のことで思い出したのは、子供のころの母親だ。
母は日々完璧な炊き具合を目指していた。
それでも上手くいく日ばかりではなかった様子で、「ちょっと硬い、もう少し水が多い方がよかったな」などと毎日のように反省していたものだ。
私は、いつも腹を減らして飯にガッツいていたから、炊き具合があんまり気にならずにいたが、母はありがたいかな、もっとも美味しいものを食べさせようとしてくれていた。
それは新米と古米のような粗いレベルではなくて、米の浸水時間、気温、さらには気圧との兼ね合いといったようなデリケートなレベルだったように思う。
我が家はガス炊飯一本で、電気炊飯器を持っておらず、ガスの方が断然美味しいと母はよく言っていた。
母の当時の思いを久々に想像してポジティブな気持ちになる。
さて、この思い出から、炊飯ひとつをとっても、一定の味を出し続けるのは難しいものなのかもしれない、そう思った時、今度はチェーン店のことが思い浮かんだ。
チェーン店は、どこに行っても同じ味を食べることができると最初は当たり前のように思っていたのだが、そうではないと感じるようになった。
同じチェーン店で複数を経験すると、だんだんどこでもいいわけではなくなって、ある特定の店で食べたい、と思うようになる。
材料も作り方も決まっているはずのチェーン店だが、それでも味が変わってしまう要素が他にもいろいろあるようで(詳しくはわからないが)、それがそれぞれの店の違いに現れる。
このことが特に顕著に感じられたあるラーメンチェーン店がある。
それはもう30年以上も前のこと、当時都内に十数店舗展開していたそのチェーン店は、私が住んでいたところから徒歩数分のところに店があって、私はこの店を好んで、毎週末通っていたものだ。
別店は、鶏ガラスープの旨味、深みが足りないと言ったらいいか、それを感じると近所の店の方の旨さが際立つ。
・・・・・・
そこから30年以上経過した少し前に、このチェーン店をネットで検索してみたのだが・・・。
そのチェーン店は都内にわずか2店しか残っておらず、そのひとつが私が通っていた店だった。
多くの店舗が店じまいする中で、奇跡的に!?その店は30年以上も続いていたのだ。
これによって、私の舌は正しいことが証明された!?と私はポジティブになる。笑。
それはともかく、この店舗は、チェーン店とはいっても当時からすでに何かが独自の独立店舗だった!そう言ってもいいのかもしれない。
チェーン店とは言ってもマニュアル以外の裁量があって差別化できる余地がある。
そして、一方で一定の味を作り続けることは簡単なことではない。
そんなことをあらためて感じたのだった。
マニュアルやしくみによる効率化のネガティブな面
次に場面は、会社員の時に飛んだ。
これは20年以上前のことになるが、ナレッジマネジメントという手法が流行った。
セールスという個別性の高い業務において、売れている人のベストプラクティスあるいは売れている人に共通する行動を抽出して、みんなで真似る。
そうすることでセールスの効率を高めようという試みだ。
社内にプロジェクトが発足して自分もその一役を担うことになった。
チェーン店のように、トップセールスとみんなが同じようにできるなんて何と素晴らしいことだろうか!
そもそも、真似ればいい、乗っかればいい、というマニュアルやしくみといったものの発想は、その商売量が多く、かつ安定的に続く時のものだ。
だから、大量に売れて収入が上がって、最高の時である。
『マニュアル化、しくみ化はゴールである』
最高の時は終焉であって、その後その商売はそこから衰退に向かうわけなのだが・・・
いつだって商売のライフサイクルはそんな風に循環している。
さて、この最高の時のネガティブな面を見てみると・・・
そもそも人の真似には限界があって、基本的なことは真似られるのだが、真似られないものもある。
それは、臓器移植の拒絶反応のようにどこかが抵抗があるものなのだ。
その抵抗がその人の個性というものなのだろう。
いいと言われてもどこかやりたくない、自分であれこれ別に試したい・・・。
そんな思いがもたげる。
それでも収入が増えてるんだから、やりたくないなんてことは考えない。
個性を圧し殺したまま進む。
人というものは、余裕があれば(敢えてこの言葉を加えておくことにする)やはり自分で知恵を絞り、ああだこうだというやってみて打開案を見つけ出していくように本来備わっている。
その時の自分で試行錯誤した時の喜怒哀楽が生きてきた財産になるのだろうと経験から感じる。
ところが、ああだこうだをしている時は、生産性が悪く、業績が上がらず、それを組織が許さないという現実が立ち塞がる。
何とも厄介なものだ
没個性のまま、量産体制に乗っかる時が楽で収入が上がる最高の時。
そして、それは自分らしさがなくなるという意味で最低の時でもある。
とは言え、人の個性が出てる、出ていない、などというものは、実際はもっと複雑なので、ここに示したものは単純なモデルとして、都合よくネガティブなところだけを切りとってしまっているのかもしれないのだが、どんな切り取り方だってできるのだ。
最後に戻ってみる
そんなことを感じたところで、もう一度チェーン店に戻ってみる。
チェーン店が増えて、決まったレシピ(マニュアル)どおりに大量生産される。
この時が、没個性の始まりになる。
多分、人はそれを続けている限り仕事がいずれ嫌になるようにできているはずだ。
頭を使って大義名分を見つけて嫌にならないように方向づけようと多くの人は努力するだろうけど、自分らしさを出そうとする資質からの欲求は枯れることはないように思う。
ならば、資質を抑制するだけではなくて、資質との折り合いが必要なわけで・・・。
チェーン店においては、やらされるのではなくて、真似るだけでもなくて、マニュアルにはない何かのプラスを自分で模索して、それを自分の意志で進めること、これらが味に反映され、そのことが個性を発揮できているひとつの形なのだと思う。
そして、こんな風に個性を発揮できている人がいる店が他店かつぶれていく中でも、生き残っていくことになるんだろう。
そんな風に自分の中でつながる。
最後にナレッジマネジメントプロジェクトに戻ってみる。
このプロジェクトは、会社にとって成果がなかったと言わないが、優秀なセールス担当は、周りの競争相手に自分のノウハウを盗まれるのは、嫌だ!という思いがあったのだろう。
そして、真似る側にとっては、やりたくないことをやらせることになっていた。
没個性を推進して、それが巡りめぐって自身の個性をも失くしてしまわせていた。
今にして見ると何とも滑稽な話だ。笑。
笑うしかない。
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『ネガティブは気づきになる』
どこかの本で見た言葉だ。
没個性というネガティブな面を見たからこそ、今になってその反動で個性だ、個性だと私は躍起になっているんだと思う。
べちゃべちゃに炊いてしまった私の新米、マニュアル等による没個性、そんなネガティブなことから発想できることはいろいろある。
その発想から気づかされて、如何様にでも都合よくポジティブに転換できるのだ。
そういう意味でネガティブは決して悪いものではない。
むしろ財産なのだ。
【著者プロフィール】
RYO SASAKI
漫画の中の記述にしたがって、東坡肉(トンポーロー)を作ってみました。
美味しかったのですが、蒸し時間をショートカットしてしまったので、柔らかさはもうひとつでした。
ここにも受け継がれてもできない私がいました。
工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。
現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。
ブログ「日々是湧日」
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