仕事ができる人は、正確にものごとを「記憶」して、「記憶」からアイデアをつくる。
「仕事で必要なことが思い出せない」
「教わっても覚えられない」
「顧客との約束を忘れた」
仕事をしていると「記憶の曖昧さ」や「忘れてしまうこと」が、ミスや失敗の原因として槍玉にあがることは多い。
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「人は記憶していないことは行動できない」という原則から考えてもそれはその通りなのだろう。
結局、身も蓋もない話だが、ミスや失敗の原因は「誤って記憶をしている」あるいは「必要なことを記憶していない」ことに尽きる。
逆に、仕事ができる人は必要なことを「正確に記憶」している。
そして、正確に記憶することに力を注いでいるのだ。
仕事で一番大事なことは「記憶力」と「整理整頓」
2019年12月、スタジオジブリの石井朋彦さんが「思い出の修理工場」というファンタジー小説を出版された。
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石井朋彦さんは、代表取締役でプロデューサーである鈴木敏夫さんのお弟子さんにあたる。
ファンタジー小説を読むのは「ハリーポッター」ぶりだったが、スタジオジブリ発というので手にとってみたら、あれよあれよという間に読んでしまった。
思うに、これは「現代人にとっての課題図書」といっても過言ではない。
ジブリ作品が好きならばきっと楽しめる内容だ。
出来るかぎり多くの人に読んでほしい。
「思い出の修理工場」の舞台は、人々の傷ついた思い出を修理し、美しい思い出に変える工場(アシトカ工作所)だ。
鈴木敏夫さんがモデルとなっている「ズッキ」というキャラクターが、主人公の少女「ピピ」に、壊れたオルゴールの部品を数え、分類して、整理する練習をさせる中で仕事のやり方を教えていく。
革の手帳を通した、ズッキとピピのやりとりは私のハイライトである。
ようこそ、われらが工場へ。
これから毎日、その日にあったこと、おぼえたこと、考えたことを書くこと。
あとでやろうと考えてはいけない。
昼間伝えたように、人は、すぐに二割、夜には五割、翌朝には八割忘れている。忘れる前に、書いて、おぼえる。
仕事をするにあたって一番大事なことは、全てをメモにとり、頭にたたきこむこと。
大事なのは、記憶力だよ。
よろしく。
ズッキより
仕事の八割は、整理せいとんだよ。
人間は、色んなことを考える。考えることは悪いことではない。そういう風にできている。だが、大事なのはそれをどう整理するかなんだ。
よい方法を教えよう。
まず、目の前にある問題や課題を、ひとつひとつ、書きだしてみる。そのあいだは、考える必要はない。よけいな事を考えずに、ただ書く。
一度、目の前の課題を、すべて紙の上に書きだしてしまう。
次にそれらをながめて、整理する。コツは、同じようなもの同士をまとめること。
たとえば、百の課題があるとしよう。目の前に百の課題があると思うと、人は混乱する。考えが止まってしまう。
でも、注意深く見てゆくと、その中に同じような問題がふくまれているということがわかってくる。
それらを分類する。多くの場合、百の問題は、十くらいの問題になっている。多ければさらに整理してもいい。これが、整理せいとんだ。
ズッキより
ピピがズッキから修理工場で学んだ「記憶力」と「整理整頓」は、石井さんが鈴木さんにジブリで教えていただいたことそのものだという。
鈴木:『千と千尋の神隠し』の、絵コンテを全部暗記してって言ったの。台詞だけでなく、カット割りや台詞と台詞の間のト書きもすべて。
石井はそれをちゃんとやってくれたんだよね。
僕としては便利だし、助かりますよね。あの台詞なんだっけなって思ったとき、石井がそばにいて、歩く辞書のように教えてくれる。
宣伝やコピーを考えるときに、それはとても重要なんです。
「あの台詞の前後に、大事な言葉が書いてなかった?」って聞くと、覚えているわけですよ。だから、僕にとってはすごく役に立ったんです。
自分の意見ばっかりの人間よりも、物事を正確に記憶して、整理整頓できる人間のほうが、いい仕事ができるんじゃないかなぁ。
仕事で一番大事なことは、眼の前のことを「正確に記憶」して、それを「整理整頓」すること。
これを無くして、先のことをやっても何にもならない。
これがスタジオジブリの鈴木敏夫流 仕事術なのだ。
仕事ができる人は、正確にものごとを「記憶」して、それを頼る
「記憶」を頼りにしているのは鈴木敏夫さんだけではない。
緊急事態宣言中、UberEatsで月収100万円を成し遂げた配達員の「大村達郎さん」もそうだ。
Ubereatsの配達員といえば「Google マップ」をじっと見て、ルートを確認しているのをよくみかける。
ところが大村さんは「Google マップ」をほとんど使わない。
大村さんは、バイクメッセンジャー時代の師匠にGooglemapを使うことを禁止されていたため、紙の地図を頭の中に叩き込むしかなかったという。
当時、メッセンジャーの師匠がいたんですけど、なんで「Google マップ」を使ってはいけないのか?と聞いて、かえってきた答えは「自分の頭の中で地図を描けるヤツが、一番荷物を届けるのが早い」でした。
そのおかげで、東京都内の地名を言ってもらえれば、最短ルートが頭に思い浮かぶようになったそうだ。
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クックパッド コーポレートブランディング・編集担当本部長の小竹 貴子さんは、料理が得意になるコツとして一番のオススメは「好きな料理を丸暗記すること」だという。
小竹さんは自分が料理をし始めたとき、
栗原はるみさんの「ごちそうさまが、ききたくて。」を先頭から最後まで何回か繰り返し作り、丸暗記をしている。
丸暗記をすることで、レシピを見ないで作れるようになり、早く作れ、アレンジもしやすくなる。
こうなれば、それはまごうことなく「得意なことは料理」と言える、という理屈である。
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私にも思い出がある。
マーケティング会社にいた頃、お世話になっていた「顧問」は私が社内で知るかぎりもっとも「記憶に頼る人」だった。
社内でミーティングするときはスマホもパソコンも持たず、クライアント先の打ち合わせでもそのスタイルは変わらなかった。
しかし、いざミーティングとなれば、鋭いアイデアや方向性を示し、人心をよく掌握していたのだ。
顧問はまさしく「記憶で仕事をする人」だった。
そして、よく本を読み、昔のこともよく覚えていた。
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このように、仕事ができる人が頼りにしているのは「自分自身の記憶」なのだ。
決して「Google」にも「メモ帳」にも頼らない。
そして、その記憶は「誤りがなく実に正確」なのである。
「記憶する価値」に気付きにくい社会
コロンビア大学の心理学者、ベッツィー・スパロウ氏によれば、
「人間の脳は、友人や家族、同僚などに尋ねれば答えが分かることについては記憶しようとしない」という。
このように「他者の記憶に頼る方法」を心理学では、「交換記憶(Transactive Memory)」と呼ぶ。
そして、今最も頼りにされている他者が「インターネット」である。
インターネットの発達により、
現代社会では「記憶する責任を免除される機会」が増え、
人間の代わりに記憶してくれる外部装置やプログラムは増える一方である。
また、人には自分自身の記憶力向上よりはむしろ「他人の記憶に残るための努力を惜しまない傾向がある」という。
実のところ私たちは、他人に印象を残すための努力をごく自然に行っている。
たとえば、会社員は職場に行って「よし、今日は記憶力を向上させるために30分使うぞ」とは考えない。
「顧客Xを確保するためにはどうすればよいか、今日は30分使って答えを出そう」と考えるはずだ。
この場合、他人の記憶に影響をおよぼす方法について無意識に頭をひねっている。そして、過去の経験に基づいて、相手に印象を与える行動が選ばれるだろう。
思うに、これは「記憶したいと思う人」よりも「記憶させたいと思う人」の方が社会の中に多いということも示している。
つまり、元来人は、自分自身の記憶力向上をしようとしない上に、社会自体が記憶する機会を免除する方向に進んでいるため、「記憶する価値」に気付きにくくなってしまっている、ということだ。
そのため、
「記憶する努力は大学受験まで」
「忘れたらGoogleで調べればいいや」
となってしまうのだろう。
アイデアは「記憶」から生まれる
ところが、「仕事ができる人」はこれとは「逆」をいっている。
できるかぎり自分自身の頭に、眼の前にある物事を記憶をさせようとしているのだ。それも、正確にである。
なぜそうしているのか?
それは、アイデアや発想が生まれるのが自分自身の「記憶」からであることをよく知っているからだ。
「記憶する価値」の本質を分かっている。
それは、スタジオジブリの鈴木さんと石井さんの対談にも記されていた。
石井:鈴木さんも宮崎さんも自分の記憶力を信じているから、パソコンやスマホで調べると怒るし、大事なのは記憶力だってずーっと言い続けていますよね。
鈴木:例えば映画の監督の名前が思い出せないときあるでしょ? そういうとき、みんな検索したり、Wikipediaを見るでしょ。
僕は絶対にしない。時間をかけてでも思い出す。
思い出すまでにどのくらい時間がかかるか、訓練している。便利になった時代だからこそ、自分の記憶をどれだけ引っ張り出せるか。それを身につけた人って強いんですよ。
石井:覚えている人は、仕事もできるし、頭の中で整理整頓できているから結論も早い。
鈴木さんや宮崎さんが、僕らには予想もしないようなことを発想するのは、その場で思いついているわけじゃなくて、覚えたことをいつも整理しているから、すぐに答えにたどり着くことができるからなのだと思います。
シャワーを浴びている時、トイレで用をたそうとしている時、サウナに入っている時、何かが閃いたりアイデアが浮かんできた経験があるという人は多いのではないだろうか。
ちなみに、私は「ランニングをしている時」にそれがよく起こる。
シャワーを浴びている時も、トイレで用をたそうとしている時も、サウナに入っている時も、スマホやPCといった「調べる」ための外部装置が手元にない。
だから、調べる先は自分の頭の中しかない。つまり「記憶」を調べるのだ。
そうして調べられた記憶が、また別の調べられた記憶と結びつき、新しいアイデアとなって生まれてきている。
ジェームス・ウェッブ・ヤングは、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」という。
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これに補足するならば、「アイデアとは既存の要素(自分自身の記憶)の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」となるのではないだろうか。
確かに、私たちの代わりに記憶してくれる装置があれば役に立つのは事実であり、テクノロジーに頼った方がいい部分も当然ある。
しかし、少なくとも現在社会を進歩させるのは人間の責任であり、テクノロジーではない。
真にアイデアを生み出したいときに調べる場所は、「Google」でもなければ、「Evernote」でもなければ、「メモ帳」でもない。
自分自身の頭の中にある「記憶」なのだ。
Photo by David Matos on Unsplash
【著者プロフィール】
田中 新吾
プロジェクトデザイナー/企業、自治体のプロジェクトサクセスを支援しています/ブログメディア(http://ranger.blog)の運営者/過去の知識、経験、価値観などが蓄積された考え方や、ある状況に対して考え方を使って辿りついた自分なりの答えを発信/個人のプロジェクトもNEWD(http://ranger.blog/newd/)で支援
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