田中 新吾

すべてのチャレンジは「おままごと」から始まる。

タナカ シンゴ

週末に「グレイテスト・ショーマン」を観た。

公開してわりとすぐに映画館で鑑賞したのだが、もう一度観たいと思っていたので借りて、観た。映画館ではじめて観た時は、ミュージカルというのもあって、歌と踊りにばかりに目が行ってしまっていた記憶がある。観終わった帰り道には、サウンドトラックを購入していたので多分相当刺さったのだと客観的に思う。そしてヒュージャックマンはカッコ良かった。

何の体験でもそうだが、2回目以降は感じることが違う。この映画も案の定そうだった。

グレイテスト・ショーマンという映画は、サーカスを興行したPT・バーナム氏の歌劇で、彼の最初の発想は、周囲に受け入られることなくどうにも閑古鳥が鳴く始末。それは周囲から「おままごと」として見られていた。しかし、そこから彼は様々な苦難を乗り越え、地上最高のショーマンになり、本当に大切なことに気づいて行くという話。

今日は、2度目に感じたことを少しだけ書き残しておこうと思う。

すべてのチャレンジは「おままごと」から始まる

P・Tバーナム氏が発想した「サーカス」が最初周囲から「おままごと」としてみられていたように、どんなチャレンジも最初はやっぱり「おままごと」であるということ。ツイッターなら1フォロワーからだし、ブログなら1エントリーから。飛行機や船やロケットを作った人も最初は周囲から笑われたに違いない。

おままごとだから、途中でバカにされたり、意味がないと言われるの当然。でも言われるのは最初だけ。だからそこで歩みを絶対に止めてはいけない。歩みを止めてしまったら「おままごと」は「おままごと」のままなのだ。

歩みを止めてしまう人の特徴は、最初から「成功」を目指そうとしている気がする。やっていることは、おままごとなのにメンタリティーがおままごとではないのだ。自戒も込めて。

サーカスがダイバーシティ経営の前身?

「小人症」や「髭の生えたオペラ歌手」、「全身入れ墨男」のような普段外には出ないような人たち(=社会的マイノリティ)を集めた見世物小屋がサーカスの原点である。ここから、昨今企業が取り組むべき経営スタイルとして頻繁に取り上げられる「ダイバーシティ経営」を想起した。

登美丘高校ダンス部、ハリウッド映画「グレイテスト・ショーマン」とコラボ

そして、登美ケ丘高校のダンス部が踊ったことで一躍有名になった「This is me」がまさにダイバーシティ。

見た目の違いで笑われ、蔑まされてきた人たちが「私の見た目は人と違って変だけど、これが私。私は悪くない。お互い受け入れて尊重しあおう。」というものだ。ダイバーシティ経営とは、多様な人材(障害者や高齢者といった社会的マイノリティも含む)を経営に活かし、その能力を最大限に発揮できる機会を提供し、駆動力に変えていく経営スタイルのこと。

存在に賛同し認め合って一つのサーカスという形を成していくその様から、今この時代に上映した意義を強く感じた。サーカスは、ダイバーシティ経営の前身なのかもしれない。

さいごに

「好きな気持ち」や「愛する気持ち」は、「賢さ」や「正しさ」のようにお金ではどうしようもできないもの。お金でどうにか出来てしまう価値は、すぐ真似事になるので「本物」になることはできない。愛情のように自己に帰属する価値が最も、芸術性があり、他との差別化になる。そして「本物」となる。

あれもこれも求めすぎると、本当に大切なものを失ってしまう。その大切なものというのが「愛情」だと、この映画は僕に教えてくれた。控え目に言ってもグレイテスト・ショーマン、はとてもいい映画だと思う。

オリジナルサウンドトラックもおすすめ。

それでは今日はこの辺で!

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