田中 新吾

ブランドは、日々の商売による信用の蓄積から結果的に発生する「ご褒美」と割り切って考えた方がきっとうまくいく。

タナカ シンゴ

あらためて言うまでもないが、商売において「ブランド」ほど強力な資産はない。

お客さんから選んでくれる。

より高いお金を払ってくれる。

新しいお客さんを今のお客さんが連れてきてくれる。

ブランドがあれば商売が楽になる、大変ありがたい話である。

しかしながら、ブランドというのはインスタントラーメンにように「ブランドを作りましょう!」と言ってすぐさま作れるような代物ではないのが現実だ。

「ブランドを作りましょう!」という考えを結実させるためには、結局のところ「商売そのもの」を強くして、独自の価値を創り上げる他に道はない。

いい感じのロゴマークを作ったり、いい感じのパッケージを作ったり、いい感じの店舗を作ったり、いい感じの広告を出したり。

こういったお客さんの目に見える部分の「イメージ」を一時的に作ればブランドが出来上がるわけではなく。

強力な商売こそが結果として、その商売にブランドをもたらす

思うに、この因果関係こそが本質だ。

例えば、ナイキにしたって、アップルにしたって、そもそもの商品やサービス、オペレーションに「独自の価値」があったからこそ今時点でブランドになっている。

私にとって「アルトラ」がブランドたり得るのも、アルトラの日々の商売に「独自の価値」があると感じているからだ。

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以上のようなことから、ブランドというのは、それまでのあらゆる努力による日々の商売の信用蓄積から結果的に発生する「ご褒美」のようなもの、と割り切って考えていった方が結果的に上手くいくのではないか、と個人的には思うところがある。

モツ煮定食の永井食堂

話は変わるが「永井食堂」というお店をご存知だろうか?

群馬県は渋川市にある「モツ煮定食」が提供されるお店である。

この場所に連れてきてくれたのは渋川に近い村出身のHさん。

Hさんに聞いたところによれば、永井食堂以外にも群馬県というのは「モツ煮」がとにかく多いそうだ。

モツ煮専門のお店はもちろん、スーパーにも当たり前のように並び、ラーメン屋のサイドメニューにもあるという。

私の観測範囲では「モツ煮」といえば居酒屋の定番サイドメニューの一つだが、群馬においては「モツ煮定食」としてメインメニューに君臨する。

出す店によって味は種々様々のはずだが、モツ煮は「群馬県の確固たるアイデンティティ」と言っても言い過ぎではないのだろう。

そんなモツ煮県群馬において、とりわけプレゼンスを発揮しているお店が「永井食堂」だという。

これを裏付けるかのように「食べログ百名店」にも選ばれているのだとか。

実際の永井食堂は渋川市内を抜けた山の峠道の中腹にあり、お店の場所に到着すると50人ほどの大行列が私の目に飛び込んできた。

群馬ナンバーはもちろん他県からのナンバーで駐車場はギュウギュウの満車。

行列は休日のディズニーランドの人気アトラクションにできるあの光景さながらである。

初見で驚いた私はHさんに思わず聞いてしまった。

私「うわ、めちゃくちゃ混んでますね・・・入るまでに結構時間かかるんじゃないですか?」

Hさん「全然大丈夫。吉野家みたいなところだから。」

私「吉野家ですか?」

Hさん「そう、回転がめちゃくちゃ早いの。東京とか埼玉でいうところのファーストフード店みたいなところだね。」

私「なるほど・・・。この大行列が・・・」

Hさん「ちなみに隣の人と喋るのと注意されるから喋らないでひたすら食べて。」

Hさん「カウンターも狭いからお盆は縦。横にしたら注意されるからしないように。」

私「そんな注意事項があるんですね。」

Hさん「そう。後は女将さんの指示にしたがって動けばOK。」

私「なるほど。なんかドキドキしますね!」

行列の最後尾についた時、私はHさんとこんなやりとりをした。

※この写真は列がだいぶ進んだ時に撮ったものです

並んで待っていると女将さんと思われる女性から「注文は?」との質問が。

私は迷わず「モツ煮定食一つお願いします!」と答えた。

壁に貼られているメニューを見ると「ハンバーグ」「目玉焼き」「ラーメン」やら、モツ煮定食以外にも色々とあるのが分かった。

しかし、列に並ぶお客さんが頼むのは「もつ煮定食」一択で、選ぶのはご飯の量ぐらい。

女性客の中には「ご飯半分で!」という人もいて、理由は普通盛りが「超大盛り」だからということだった。

女将さんの指示に従い、空いた極狭カウンターに着席すると、ほんの10秒ぐらいで注文の品が私の目の前に配膳されてきた。

Hさんから事前にレクチャーしていただいたとおりで、この距離感でお盆を横にしたら両隣りの人に大迷惑というくらいの距離感だ。

ご飯は聞いた話通りの超大盛り。

モツ煮と味噌汁と沢庵がついて590円。

安い。

看板のモツ煮は味噌仕立てのこってり濃厚な味付け。

もつはプリプリで柔らかく臭みは一切無し。

汁にはニンニクが効いてチョイピリ辛な仕上がりだ。

いかにもスタミナがつきそうな感じでめちゃくちゃ美味しい。

そのまま食べても白ごはんにぶっかけて食べてもめちゃめちゃ美味い。

初見では「多いかも?」と思った白ごはんもあっさり完食だった。

すこし硬めの炊き上がりで、もつ煮の汁をかけると丁度良い感じになる体験設計にもこれまでの並々ならぬ努力を私は感じた。

そして何よりも下を巻いたのは長蛇の列を一人でガンガン捌いていく女将さんである。

永井食堂に生まれる「あらゆる流れ」が女将さんによってコントロールされていたように私は感じた。

あの空間では司令塔である女将さんの言うこと為すことがすべて。

「また食べたい!」と思わせるハイクオリティな商品力に加えて、女将さん中心に繰り出される名物オペレーション?も永井食堂の大きな独自の価値なのだろう。

「女将さんのサービスを経験したいから行く」と言う人がいても何らおかしな話ではない。

そんな永井食堂は1965年に創業したという。

もう間も無く半世紀の営みとなるいわゆる老舗だ。

永井食堂には、スターバックスのようなスタイリッシュなロゴマークやパッケージや店舗など、ブランディングにつき物と言われるものがあるわけではない。

あるのは「うまい、安い早い、モツ煮は日本一 永井食堂」という明朝体で大きく書かれた看板。

よく知らないが、広告だって大してしているわけでもないのだろう。

お店の建物だって特に小綺麗であるわけでもない。

しかし、それでもお客さんの方から永井食堂のモツ煮定食を選んでくれる。

全国から永井食堂のモツ煮定食を求めて客が押し寄せる。

お客さんが新しいお客さんを呼んできてくれる。

この状況を鑑みるに永井食堂を「ブランド」として認識しない人はきっと私だけではないはずだ。

そして、この「ブランド」を作り上げているのは、永井食堂がこれまでのあらゆる努力により作り上げた独自価値の提供による強固な商売であり、それを通してお客さんから得てきてた信用蓄積の「ご褒美」なのだと私には思えてならない。

ブランディングではなくブランデッド

ブランディングではなく「ブランデッド」という考え方がある。

これを提唱しているのは一橋ビジネススクール教授で競争戦略専門の楠木建さんという方。

GIVE&TAKE、ストーリーとしての競争戦略、逆タイムマシン経営論など数多くの著書を出されておりビジネス界隈ではかなり著名だろう。

そんな楠木さんが今年出版された「絶対悲観主義」という本がある。

「自分の思い通りに行くことなんて、この世の中にはひとつもない」という前提で仕事をする。

こうした仕事への構え、哲学を伝えることをコンセプトに書かれたもので「ブランデッド」はこの本の中に登場し、ここで私は初めてその考え方を知った。

以下に該当箇所を引用させていただく。

どんな企業にとってもブランドは非常に大切なものですが、「ブランディング」という考え方については、僕はどちらかというと懐疑的です。

「よーし、ブランディングするぞ!」という色気が、かえって商売を歪めたり弱めたりすることがあるのではないでしょうか。

ブランドというのは、振り返ったときにそこにあるものだというのが僕の考えです。

毎日の商売の積み重ねで段々と信用が形成され、気がついてみるとその総体がブランドになっている。

すなわち、動名詞のブランディングよりも過去分詞の「ブランデッド」です。

(中略)

ブランドはある時点での顧客認知の大きさではなく、顧客の中に積もり積もった価値の総体です。独自の価値提供に自信がない会社ほど、ブランディングというお化粧で勝負しようとする。

お化粧はそのうち剥がれてしまいます。

ベースがしっかりしていないところにお化粧をしても、たかが知れています。

何を隠そう、前職マーケティングファームに在籍していた頃から私自身が「ブランディング」という言葉を用い仕事をしてきたからこそ、この考え方には心底ハッとさせられた。

随分前の話になるが以前「ブランディングは地味である」という記事を書いたことがあった。

関連記事:ブランディングは地味である

ここで言いたかったことはまさしく「ブランデッド」という言葉に集約されていく。

なんとなく私が思っていたことを一言でズバリと言い表してしまう言語化力は本当に羨ましく思った。

これをふまえても結局のところ「ブランド」というのは、ある時点までの努力による日々の商売の蓄積から結果的に発生する「ご褒美」のようなものなのだと思う。

「ブランディングしましょう!」と広告予算やプロモーション予算をかければ一時的な認知度や人気は作れるかも知れない。

しかしそれをすればブランドが作られるわけでもなく、人気も認知も当然長続きはしない。

このような行為は、結果的に発生する「ご褒美であるブランド」を先取りしようとしたり、手取り早く得ようとするような考え方とも言え、むしろ逆効果に働いてしまうことだってあるだろう。

そう考えると「ブランドを作りたいからブランディングをしよう!」などと思って行動することを主にせず、日々の商売を強固なものにするために淡々と独自の価値の形成に努め、お客さんの信用を蓄積することにフルコミットしようとする考え方や構えの方が、中長期的にいいブランドに繋がっていくのだろうと思えてならない。

ご褒美のことは考えたくてもできる限り考えないように努めること。

ブランドを作りたいと思うほど向き合うべきは日々の商売を一生懸命にやること。

きっと「永井食堂」だってそうやってこの地点まできたはずだ。

UnsplashCustomerboxが撮影した写真

【著者プロフィール】

田中 新吾

永井食堂の女将さんは一度しかお目にかかったことがないですが、今でもその姿をちゃんと思い出すことができます。人生の中で、またいつかお会いしたいと思える方のお一人です。

プロジェクトデザイナー/企業、自治体のプロジェクトサクセスを支援しています/ブログメディア(http://ranger.blog)の運営者/過去の知識、経験、価値観などが蓄積された考え方や、ある状況に対して考え方を使って辿りついた自分なりの答えを発信/個人のプロジェクトもNEWD(http://ranger.blog/newd/)で支援

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