丁寧な仕事は、人の記憶にずっと残り続ける。
先日、新宿西口のアシックス直営店でウォーキングシューズを購入しました。
今後普段履きとして使う靴です。
実は以前からアシックスのシューズが気になっていて、今まで履いていたアルトラの靴がだいぶ履き潰れてきたこともあり「そろそろ買い替えたいな」と考えていました。
(本音を言えばアルトラが良いのですが、私が好んで履いているモデルが次々と買えなくなっているのです…)
関連記事:長年の試行錯誤の末、ついに辿り着いた「普段履き」の決定版 アルトラ「パラダイム」について紹介させてください。
初手伊勢丹の靴売り場に足を運び、目当てのアシックスのシューズを探しました。
が、あいにく自分のサイズが見つからず諦めることに…
それからしばらくして新宿西口の方を歩いてた時、たまたまアシックスの直営店の前を通りかかり、「もしかしたら」と思って入ってみました。
すると、探していたサイズがちょうど店頭にあり、さっそく試し履き。
履き心地がとても良かったので、そのまま購入を決定。
試し履きをさせてもらう際、接客を担当してくださった女性が、ご自身の膝の上に私の足を乗せて、しっかりと靴紐を結んでくださったんです。
他人の足を自分の膝の上に乗せて紐を結ぶというのは、店員さんにとっても非常に勇気がいることだと思います。
でも、それをまるで当たり前かのように、とても丁寧にやってくださいました。
この体験は、これまで様々な靴を買ってきた中でも初めての出来事で、非常に強く印象に残っています。
さらに「これ、買います」と伝えたあとにも「よろしければ足のサイズを計測していきませんか?3Dで足形計測ができるんです」とご案内いただき、計測もすべてその女性がリードして最後まで丁寧に対応してくださいました。

※27.5cmだとずっと思い込んできたのですが、ウォーキングは28cm、ランニングは29cmが良いということが計測することによって判明しましたw
こうやって振り返ると、細部まで行き届いた極めて丁寧な接客が強く記憶に刻まれたのだと、今改めて感じています。
そして、ふと思いました。
「丁寧さ」が記憶に深く刻まれる体験は、実はこれが初めてではないなと。
にんにくやの店主を、今でも覚えている
私には死ぬまで忘れないと自信を持って言える「ラーメン屋」があります。
「にんにくや」という東京都小平市にある、店主が一人で切り盛りする小さなお店です。

夜しか営業していません。
メニューは「ラーメン」と「味噌ラーメン」の基本2種類で、お好みの量だけニンニクをプレスして投入するのが最大のエンターテイメント。
ラーメン自体ももちろん美味しいのですが、私がもっとも鮮明に覚えているのは、店主のすべての「所作」が驚くほどに丁寧だったことです。
お客さんとの会話。
スープの調理。
麺を茹でる手さばき。
器への盛り付け。
食べ終わった食器の回収。
カウンター越しに見えるその一つひとつが、驚くほどに丁寧で、それでいてスピードも速い。
だから、思わず感動してしまう。
大学4年のときに何度か通っただけで、それ以来疎遠になってしまっています。
しかし、だいぶ時が経った今でも、あの店主の姿は鮮明に目に浮かぶのです。
人は、誰かに丁寧にしてもらったことを、多分死ぬまで忘れないようにできている。
にんにくやの体験は、そんな確信を私に与えてくれた原体験となっています。
「丁寧な仕事」で業界ナンバーワンになった
そして、以前本で知った「池田ピアノ運送」の話も「丁寧と記憶」を考えるうえで欠かせません。

池田ピアノ運送は、ピアノ運送では日本一の実績を誇る中小企業です。
以前は、粗雑とも言える世界だったそうですが、現社長の池田輝男氏が「丁寧に仕事をする」ことを徹底した結果、業界ナンバーワンにまで成長しました。
ピアノの傷を「手の甲」でチェックする(指紋をつけず、センサーとしても指より敏感)。
ピアノを「すり足」で運ぶ(下半身の体重移動を最小限にして安定させる)。
搬入後のピアノを「ピカピカに拭きあげる」(本来は移動業者の仕事ではない)。
ユニフォームを「作業着」ではなく「訪問着」と定義し、匂いにまでこだわってサービスを提供する。
池田社長はこう断言しています。
丁寧な仕事をして丁寧を貯金すると、あなたの顧客が「一生客」になる、もしくは一生客を連れてきてくれる可能性が上がるからです。
「丁寧の貯金」という言葉が、私にはとても印象的でした。
そして、この「丁寧さが記憶に残る」ことは、一つの業界だけの話ではありません。
私の知人に、若くして一部上場企業の経営戦略室に抜擢された女性がいます。
M&A候補先企業の調査、新規事業の企画推進、プレスリリースなど、少数精鋭の部署でなんでもこなす方です。
そんな彼女が、以前ある会社にブログ記事の作成を依頼した時のこと。
担当者によるヒアリングが驚くほどに「丁寧」で、記事作成のためのレギュレーションも丁寧に作り込まれていたことにえらく感動し、その担当者の「ファン」になってしまったそうです。
飲食店のサービス、ピアノの運送、ブログ記事の制作、そしてランニングシューズの購入。
まったく異なる業界で、まったく異なる場面。
しかしここに共通しているのは、丁寧な仕事は相手の記憶に深く刻まれ、そこから信頼とファン化が生まれるということです。
なぜ「丁寧さ」は記憶に残りやすいのか?
では、なぜ「丁寧さ」はこれほどまでに記憶に残るのでしょうか?
ここで少し、研究の知見を借りてみたいと思います。
手間が価値を増幅する「エフォート・ヒューリスティック」
心理学者のクルーガーらが2004年に発表した研究に、エフォート・ヒューリスティック(effort heuristic)というものがあります。
これは、「人は、より多くの手間や時間がかかったと感じるものに、より高い品質と価値を認める」という認知の傾向です。
詩、絵画、工芸品など、さまざまな対象で検証された結果、制作に時間がかかったと知らされたものは、そうでないものよりも「質が高い」「価値がある」「好ましい」と評価されました。
つまり、丁寧な仕事を目の当たりにしたとき、私たちの脳は「この人は自分のために手間をかけてくれている」と感じ取り、その体験の価値を無意識のうちに引き上げるのです。
アシックスの店員さんが膝の上に足を乗せて紐を結んでくれた時時。
にんにくやの店主がすべての所作を丁寧にこなしていた時。
池田ピアノ運送がすり足でピアノを運び、拭きあげまでしてくれた時。
私(私たち)は、そこにかけられた「手間」を感じ取り、体験の価値を無意識に高めているのだと思います。
感情が動く体験は、脳に強く刻まれる
もう一つ、脳科学の領域から。
2023年にNature Human Behaviour誌に掲載された研究では、扁桃体と海馬という脳の二つの領域が、感情的な記憶の形成において協働していることが示されました。
Neuronal activity in the human amygdala and hippocampus enhances emotional memory encoding
感情を伴う出来事に遭遇すると、これらの領域の神経活動が高まり、その体験が記憶として強く定着する。
研究チームは、感情的な記憶のことを「我々の最も強く、最も価値ある記憶(our strongest and most valuable memories)」とも表現しています。
誰かから丁寧にされたとき、私たちの心には「大事にされている」「この人は自分のことを考えてくれている」という感情が動きます。
この感情の動きこそが、脳に「この体験は重要だ」というシグナルを送り、記憶を長期的に定着させるのだと考えられます。
つまりは、丁寧さが記憶に残るのは、偶然ではなく、私たちの脳の仕組みに根ざしたメカニズムということです。
アメリカの詩人マヤ・アンジェロウは、こんな言葉を残しました。
人はあなたが言ったこと、したことは忘れても、あなたによって「どんな気持ちになったか」は決して忘れない。
まさに、丁寧な仕事が記憶に残る本質を、一文で言い当てているように私は思います。
丁寧さは「記憶の種」を蒔く行為
ここまでを整理してみると、一つの構図が見えてきます。
丁寧な仕事 → 感情が動く → 記憶に深く刻まれる → 信頼が生まれる → また頼みたくなる
池田ピアノ運送の池田社長が言う「丁寧の貯金」とは、まさにこのサイクルのことではないでしょうか?
一回一回の丁寧な仕事は、相手の記憶の中に「種」を蒔いているようなものだと私は思います。
その種は、すぐには芽を出さないかもしれません。
しかし、何かのきっかけで「あの時の対応は丁寧だったな」と思い出されたとき、それは信頼という芽を出し、「またあの人に頼もう」「誰かに紹介しよう」という行動として花を咲かせる。
以前、プロセスやストーリーが成果物の主観的価値を増幅させるという記事を書きました。
関連記事:AIの推論を超える主観的価値は、「ストーリー」や「プロセス」に宿ることをあらためて実感した。
丁寧さもまた、成果物に「体温」を宿らせる最も確実な方法の一つなのだと、今回のアシックスの体験や過去の経験の振り返りを通じてあらためて感じています。
そして、私はObsidian(第二の脳)、AI(第三の脳)をこの「丁寧」を提供するために最大限に使いたい。
あなたの丁寧は、誰かの記憶に残り続ける
今回書きたかったことをまとめると以下のような具合になります。
- 丁寧な仕事は、相手の感情を動かし、記憶に深く刻まれる。
- 「手間をかけてくれた」という認知が、体験の価値を無意識に引き上げる(エフォート・ヒューリスティック)。
- 感情を伴う体験は脳に強く定着し、長期的な記憶となる(扁桃体と海馬の協働)。
- 丁寧さは「記憶の種」を蒔く行為。時間が経っても思い出され、信頼と紹介を生む。
大学生の頃に出会ったにんにくやの店主を、今でも鮮明に思い出せること。
先日のアシックスの店員さんの手つきも、きっと長く忘れないであろうこと。
思うに、誰かの記憶に中長期で残り続ける仕事は、派手さではなく、丁寧さの中から生まれる
今回の内容が、みなさんの日々の仕事への向き合い方に、少しでも役立つきっかけになれば幸いです。
UnsplashのSven Piperが撮影した写真
【著者プロフィール】
アシックスの店員さんに丁寧に接客してもらったことで、自分も目の前の仕事をもっと丁寧にやろうと、背筋が伸びる思いをしました。
◼︎ ハグルマニ(プロジェクトコンプリメンター)
◼︎ 命名創研(命名家)
◼︎ 栢の木まつり 実行委員会
◼︎ タスクシュート認定トレーナー

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