田中 新吾

中身を考えるよりも10倍以上の時間を使うくらい「制度のネーミング」にはこだわった方がいい。

タナカ シンゴ

以前『Amebaのデザインシステム「Spindle」の全貌公開』という記事を読んだことがあった。

関連記事:Amebaのデザインシステム「Spindle」の全貌公開

皆さん周知のAmebaは、ブログサービスであるアメーバブログを軸に置いたサイバーエージェント社のメディア事業の1つである。

Amebaというと「アメブロ」や「ピグ」の印象が強いかもしれないが、実際には関連事業やサービスとしてはマンガや占い、ニュースなどまで幅広く展開している。

かくいう私は、大学在学中にアメブロで面白い思いをした一人というのもあり、何かとAmebaの同行を追っているところがあるのだ。

前出の記事は、そんなAmebaが、自分たちの「らしさ」を伝える手段として「デザインシステム」の取り組みをはじめました、というもの。

デザインシステムにも定義は色々とあるようだが、Ameba的に言えば、

Amebaを作るすべての人が、Amebaらしさを伝えるため約束事や、それを手助けするツールやガイドラインが揃ったデザインする仕組み

これはつまり、プロダクトとサービス全体を対象にした「設計」としてのデザインという考え方で、職種としてのデザイナー以外にも意味のあるもの、ということである。

そして、このデザインシステムのネーミングが「Spindle(スピンドル)」だ。

Spindleは、糸を紡ぐ道具である「紡錘」という意味と、細胞が核分裂するために必要な構造体である「紡錘体」の意味を持つという。

私にとっては初見の単語となった。

これはAmebaのコンセプト「生きたコンテンツをつむぐ」と「生物であるアメーバが100年進化しながら続いていく」というところから命名されたそうだ。

率直に「事業と強い結びつきのあるいい名前だな」と感じた。

このネーミングの作り方というのは、私もネーミングする際によく使う技法で、特質や機能、あるいは理念や思想を言葉として結晶化して打ち出し、他との差別化、区別化の「コンセプト」を訴求するやり方と言っていいだろう。

そして、ここで注目すべきなのはそのネーミングの対象が企業の「制度」であるという部分である。

制度=組織を運営していくために定めた仕組み・決まり。

デザインシステムを「Spindle」と命名したことに対して、下のような記述があった。

デザインシステムに名前をつける、というのは最重要ではないかもしれませんが、コンセプトを表した名前のようなものはチームのアイデンティティにもなりますし、デザインシステムの浸透にあたっても「デザインシステム」よりもキャッチーな名前にしておくというのは戦略的には良いと感じています。

少なくともこうした名前を持ったプロジェクトのようにしてしまうのは、私たちの会社の文化としても適切でした。

「名前をつける、というのは最重要ではないかもしれませんが」とある。

しかし、私個人の考えを述べれば、制度のネーミングは、その中身を考えるよりも「10倍以上の時間を使っていい」と思うくらいの最重要事項だ。

なぜならば、制度というのは、良いネーミングを与えるからこそ組織の構成員(会社で言えば社員)にしっかり浸透していく、と思うところがあるからである。

せっかく作った制度も浸透していかなければ時間と共にただ持ち腐れていくだけ。

制度は浸透してはじめてその組織の文化となっていく。

そして、組織の構成員がほかの人にもつい言いたくなってしまうような好まれるネーミングをつけることができれば、そのパブリシティ効果も大きく上がる。

例えば、亀田製菓は「退職者復帰登録制度」を「ハッピーリターン制度」とネーミングして運用されていることで知られている。

この制度は、結婚、妊娠、出産、育児、介護、看護、私傷病、配偶者の転勤などにより退職した従業員に対して、復職する機会を優先的に設けることにより、多様な働き方を支援することを目的に作られたものだ。

関連記事:多様な働き方を支援するため 「ハッピーリターン制度」(退職者復帰登録制度)を導入

制度の中身が素晴らしいのはもちろん、それ以上にそのネーミングが絶品だと私は思う。

ハッピーターン」という自社の「強み」を活かした仕組みで、社員が自信を持って外に対して伝えることができる広報ツールになっている事例だ。

それから、サントリーが開発した「社長のおごり自販機」も好事例だろう。

「社長のおごり自販機」は、2人の社員の社員証を同時にかざすと無料で商品が購入できる自販機のこと。

これは自販機の利用が、社員同士のコミュニケーションの機会になるように考えられた制度で、1日の無料上限本数や曜日の設定などが可能となっている。

余談になるが、下の本では「強い会社」のことを「理念 × 強み(コアコンピタンス) × 仕組み」として定義されていた。

時代の変化に適応できる「強い会社」になるには、人が自ら動く「環境」と「仕組み」をつくらなければならない。

その参考として、ビジネス誌や書籍をはじめ、さまざまな企業の成功事例が紹介されている。

(中略)

だが、自社の「ビジネスモデル」や、自社の強みである「コア・コンピタンス」を理解し、十分に検討したうえで、その成功事例である組織戦略の「仕組み」や「制度」それにともなう「施策」を取り入れないと、成功どころか、逆に失敗してしまうケースすらあるのだ。

他社の事例を実行することで、自社が本当に強くなるのか十分に検討する必要がある。

要するに、他の企業が成功した仕組みを、表面的に真似しても失敗してしまう、ということである。

結局のところ「組織の強み」を無視した仕組みは機能しないのだ。

そういう意味で、亀田製菓の「ハッピーリターン制度」は、亀田製菓だからこそできるネーミングの制度であり、亀田製菓だからこそ機能する仕組みと言っていい。

前出のAmebaとSpindleの関係もこれと同様だ。

サントリーの「社長のおごり自販機」によって、コミュニケーションの活性化に成功している会社においては、導入する際にこの辺りを十分に検討されたのだと私は想像している。

制度のネーミングに力を入れているという点では、人事制度「merci box(メルシー・ボックス)」や、社員がリモートワークかオフィス出社かを選択できる新たな勤務制度「YOUR CHOICE」で知られる「メルカリ」も挙げられる。

以前、ICCカンファレンス2016の「強い組織/企業文化の作り方」というセッションの中で、メルカリ取締役の小泉文明さんは以下のようにネーミングの重要性を述べていたことがあった。

ネーミングが一番だと思いますよ。

制度の中身よりネーミングのほうが、10倍以上時間使ってますね。

ここは本当に我が意を得たりという部分だった。

中身よりも10倍以上の時間をかける。

これが難しければ、プロのネーミングデザイナーに依頼するという手もあるだろう。

そのくらい制度のネーミングは重要。

いずれにしてもしっかり「コスト」をかけていい部分というのが私の考えだ。

つい最近、葉っぱビジネス、ゼロウェイストで知られる「徳島県上勝町」を再訪することがあった。

上勝町は、人口1,425人(744世帯)、高齢化率52.56%の四国の山あいの自治体で、葉っぱビジネスで注目を浴び、現在はゼロウェイストで多くの注目を集めている。

ここで話をあらためて聞いていくと、注目を集めるようになったポイントは、これらが浸透していくためのカルチャーができていたこと、そしてそれ以前に「そのカルチャーを作った制度」と「そのネーミング」にあったのではないか?と私は考えを改めた。

その制度の名は「1Q運動会」。

1Qとは、「1Question」を意味し、住民自らが一休さんのように、知恵を出し合いながらまちづくりを推進していくというものである。

町内を五地区に分け、地区から選出された委員六人が中心となって、豊かで住みやすいまちをつくろうと汗を流す。

1993年、町振興計画ならびに要綱に基づき、将来目標を、地域住民とエンロール(住民を巻き込む)しながら競争することにより、楽しく推進していこうとはじまったものという話である。

間違いなく、現在の葉っぱビジネスにしても、ゼロウェイストにしても、上勝町の住民が自ら行動をしなければ形になって来なかったものだ。

しかし、上勝町の住民には「1Q運動会」という制度を通して、自ら主体的に町づくりを行うというカルチャーが醸成されていた。

そして、このカルチャーを作ったのは「1Q運動会」という「制度」で、「1Q運動会」という「ネーミング」だったからこそこの制度は浸透していった。

実際の因果関係はもっと複雑だとは思うが、話を聞けば聞くほど私には「制度のネーミング」がキーファクターだったと思えてならない。

そして、この訪問を経て「制度のネーミング」の重要性をより強く考えるようになり、この記事の投稿をするに至っている。

言わずもがな「新しい事業」や「新しい商品」にネーミングをすることは非常に大事なことである。

ネーミングの出来不出来で「集客」は大きく変わる。

集客が大きく変わるということは「売上」も大きく変わる。

このように、ネーミングはその出来不出来によって売上や広告費に何倍も差がついてしまうものだ。

であるから、分かりやすく、覚えやすく、そして、広まりやすいネーミングが求められる。

しかし、これは組織の「制度」にも同じく言えること。

分かりやすく、覚えやすく、広まりやすいネーミングをした制度は、組織の構成員にしっかり浸透し、カルチャーを醸成し、大きなパブリシティ効果を生んでいく。

中身を考えるよりも10倍以上の時間を使うくらい「制度のネーミング」にはこだわった方がいい。

今回の考え方が何かの参考になれば嬉しい。

UnsplashYosep Surahmanが撮影した写真

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスクと時間を同時に管理するメソッド)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車。

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

ハグルマニの週報

上勝町に同じく徳島県の木頭というところにある「未来コンビニ」も、村を組織としてみれば制度とも捉えられると思います。これが軌道に乗ってきているのもそのネーミングの影響が想像以上に大きい気がしています。

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