RYO SASAKI

自分の合理性の追求によって生まれる思い込みが、本質をふさいでいる。

タナカ シンゴ

ロードバイクの後輪がわずかに横揺れするようになったので、行きつけの店に立ち寄った。

横揺れの原因はタイヤの歪みとのことで、言われて見てみると歪んでいるのが私にもすぐにわかった。

タイヤのどこか(内で支える生地と言ってたような)が切れてしまって、引っ張り合いのバランスが変わってしまったらしい。

 

こうなるともう交換とのこと。

タイヤというものは経年劣化によって数年で交換するものだという。

「そんな距離乗ってないのに・・・」

そう心の中でつぶやくのだが・・・。

そもそもタイヤのゴムはロードバイクを乗らずに置いておく、それだけで寒暖差でも劣化する。

いやむしろ、乗らない方が劣化が早い、そんなような店長の説明が続く。

この店では経年劣化について、どのくらいのスパンで起こるのか、なぜ起こるのか、どのようにして壊れるのか?などといつも詳しく説明してくれるのだ。

思い返してみると、詳しい説明は故障した原因だけに限らず、私の乗り方の癖からくる壊れやすいパーツ、そしてそんな私におすすめのパーツ、更に次に交換が必要となるパーツ、その概算、そしてそのタイミングの予告、と多岐に渡る。

商売だから当然と言えばそれまでなのだが、私はこの店長の話を聞いたことで、全く別のあることを気づくことになった。

それは『(何事も)本質を大切にしないといけない』ということ、そしてその本質に向き合えないのは、自分の中に必ず思い込みがあるから、ということだった。

ロードバイクというものを思い知る

タイヤの経年劣化については、あるお客さんの実際の話か続く。

そのお客さんは、タイヤ交換のため、10年前に手に入れてずっと使ってなかった自分のタイヤを持って来た。

店長はやめておいた方がいいと伝えたのだが、その人の意志は固く、結局その手持ちのタイヤに交換してしまう。

すると程なくして「やっぱりダメだった」とお客さんが再来店したらしい。

グリップも弾力性も既に失われていたのだ。

寒暖差で劣化するのだから、春夏秋冬を越えるだけでも劣化するということになる。

お客さんのタイヤは春夏秋冬を10回越えたのだ。

この「使ってないから大丈夫の発想は非常に私とよく似ている。

そう言えば、私にはこんなこともあった。

ロードバイクに片足スタンドを装着していたが、上手く立たなくなった。

角度が緩くなってしまっている?そう感じて、少し上から力を加えてみる。

そうするとスタンドに角度がついて立つようになった。

その後しばらくして、今度はスタンドがポキっと折れてしまった。

その後私がこの店に来て、開口一番に「ずいぶん(スタンドが)弱いモンですねえ。」という言った時に、店長から返ってきたのは、

「(どのパーツも)適度な強度でできているんです。」

というようなもので・・・。

強度が高ければ基本パーツは重くなる。

そして他のパーツとの組み合わせで、スタンドだけの強度が高いとこれまた他のパーツに負荷がかかる。

私はお客として自分の不快を合理的にすぐさま取り除こうとする。

「もっと強度が高いものを!」と。

しかしそんな単純にはいかない。

ロードバイクが絶妙なバランスで仕上がっていることを思い知るのだ。

私の頭の中は、昭和の重くて頑丈な自転車のままなのか、そもそも上から力を加える、っていうのが今はありえないのだろう。

・・・・・・

どちらも自分に都合良く考えて、無知を露呈した話だなあ、と感じ、私にはよくあるようなことだと思った。

完成品にしか興味がない

店長の話からいろいろ思い巡らすうちに、私はそもそもロードバイク(自転車)というものを何も知らないのではないか?

という疑問が生まれる。

各パーツがどんな素材でどんなバランスで出来上がっているのか?

そんなことは考えたこともない。

興味あることと言えば、購入する時のどこのメーカーのものだとか、どのくらい軽いか?とかタイヤがどのくらい細いか?などといったあたりだけ。

これらの情報はネット動画などでたくさん見ることができるようになった。

自分で作ることからはもちろん遠ざかり、どのように作られているのか、についても興味が薄れ、お金の支出だけで解決してきた結果、完成品のほんの一部のスペックにしか興味がなくなる。

このことを文明化の弊害とでもいったらいいだろうか?

更に私には、冒頭とタイヤのお客さんのように、完成品は経年劣化しないとすら思っている節があって・・・いや・・・

私にはどんな製品の不具合でも何とか持たせようと我慢して支出を抑えようという素晴らしく合理的なところがある。汗。

だから、経年劣化を見ないようにしている、と言った方がいい。

初めて自動車を購入した時は合理的に?車検のことを丸っ切り考えてなかった。

モノには、メンテナンスコストがかかる、ということをどこかで忘れることにしたらしい。

ーーーーーーーー

「そもそも自転車というモノがどういうものなのか?その基礎というか本質的なことから学んでいるように感じます。」

私がその時の正直な感想を店長に話すと、意外な話が返ってきた。

この店長は自転車屋さんに対して講義をよくしているのだという。

「幼稚園だから・・・」

ボソッと店長。

聞き間違いかと思ったが、これは講義を聴いている自転車屋さんに向けた言葉だった。

自転車屋さんと言えどもピンキリで、私がスペック比較をネットで見れるように、そこだけが詳しくて自転車の本質的なことを知らない自転車屋さんも多いんだとか。

そんな自転車屋さんに自転車の根っこの部分から教えるのがこの店長なのだ。

どおりで説明が分厚いと思った・・・。

私には、完成品だけで知った気になることを合理的であるとする思い込み、そしてまた、支出を抑えることがとにかく合理的であるという思い込みがある。

店長の話から、この思い込みが本質に向き合うことをふさいでいるのだ、と気づかされた。

人間に当てはめてみると

ならば、人間に対して、はどうだろうか?

私には、ロードバイク同様に自分という人間を完成品扱いしてきたようなところがどうやらあるようで・・・。

人は完成品足らねばならない、のだといった・・・。

完成品ならば、こうであるべきだ、ああしなければならない、とエラーを修理するかのように自分にダメ出しを繰り返してきたのだ。

そしてその修理には、本能を抑え込もうとするものすら含まれる。

人間が本質的に持っている本能がエラーの原因なのであってそこが修理対象なのだと・・・。

もうひとつに、「人間は経年劣化していくものだ」という当然の本質を見ようとせずに、無理はするは、メンテナンスは怠るは・・・。

例えると、睡眠不足をエナジードリンクでカバーしようとするようなことだ。

あるプロスポーツのベテランが、新人から「長く活躍するにはどうしたらいいですか?」と聞かれて答えたのが、「ちょっとの痛みでも休む勇気が必要。」だった。

当時、苦痛でも我慢を続けていた自分が思い出される。汗。笑。

臆病だから、自分からこれ以上やれない」とは言わない。

当時は、逆に「これ以上やれない」と言う方が臆病だと思っていた。

その臆病さを自分は大丈夫だ」という傲慢さで覆い隠す。

本質的な理解を妨げたものは、『山月記』著:中島敦 でいうところの「臆病な自尊心」であり「尊大な羞恥心」だった。

そして、私は自分にこの「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」がある、という人間としての本質的なこともまたわかっていなかったのだ。

自転車に比較すると人間はもっと複雑にできているし、命があるものなのだから、もっと人間の本質の理解が必要だろうに・・・。

自分の傲慢さに加えて、社会に情報が溢れている環境は、本質的なこととそうではないことを見極めづらくしているところがある。

私はそれらによって思い込みを作って、本質を見逃してしまってきた。

だから、自分は本質を知らないのではないか?と疑い続けないとならない。

今になってそのことにやっと気づく。

そして今更ながら、何事に対しても本質を知りたいという思いが今度は急に強くなってくる。笑。

・・・・・・・

タイヤの交換を終えた目の前の店長が、

「とりあえず早くて良かったです。」

と言った。

わずかな横揺れを感じて私がすぐに来店したことが賢明だった、ということらしい。

不具合があっても気づかずに放置されたり、気づいても我慢されたりすることも多い、という。

そうしてしまうとそもそも乗ってて不安定だし、より劣化して大きな事故につながる可能性もある。

確かに今回は、私の昔に比べれば我慢せずに、早く対応ができた方かもしれない。

でもこれまではずっとグズグズやってきたから、私の体の各パーツの方は、既にメンテナンス遅れの感も否めないが、今回のロードバイクを参考に、これからはできる限り早めのメンテナンスを自分に施していきたい。

うやむやにせずに、放っておいても経年劣化するものである、という本質にしっかり向き合っていきたいと思うのだ。

ここまでずいぶん時間がかかったものだ。汗。

【著者プロフィール】

RYO SASAKI

本質を追求するためには、どこか自分の不都合に向き合わないとならないんですね。

工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。

現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。

ブログ「日々是湧日

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