「丁寧」には、物凄く大きな価値がある。
私には忘れられない「ラーメン店」がある。
東京都小平市にある「にんにくや(*1)」という小さなラーメン店だ。
小さいが人気店なのでご存知の方もいるだろう。
先に言ってしまうと、このラーメン店、私は多分死ぬまで忘れない。
お店を認知したのは私が大学生4年の時だった。
もう今から10年以上も前のことだ。
その年に何度か行ったきりでそれ以来疎遠になってしまっているが、当時の記憶を頼りにお店を紹介してみたい。
「にんにくや」は「夜」しか営業していない。
「店主」が一人で切り盛りしているためだ。
中に入ると「いらっしゃいませ〜」と好感の持てる挨拶が聴こえてくる。
メニューは、海苔や卵などのトッピングはあるにしても、基本は「ラーメン」と「味噌ラーメン」の2種類。
細いストレート麺で、そのまま食べても十分美味しい。
しかし、この店の最大の特徴は、その店名のとおり、お好みの量だけ「にんにく」をプレスして投入することができることだろう。
プレスしたにんにくを投入することでラーメンが何倍にも美味しくなるようにできているから恐ろしい。
老若男女問わず、まるで何かの重しが外れたかのように、一つ、二つ、三つと躊躇なくニンニクをプレスしては投入していく。
にんにくやが用意した最高の「エンターテイメント」だ。
そして、リピーターが付く理由を知るには、私にとっては初回の訪問だけで十分過ぎた。
しかし、私はラーメンの美味しさ以上によく覚えていることがある。
それが「にんにくや」の「店主」だ。
今でもその姿は目に浮かぶ。
お客さんと会話をする、スープをつくる、麺を茹でる、麺を器に移す、具を乗せる、替え玉をづくる、食べ終わった食器を回収する。
にんにくやはカウンター席のみで、目の前にラーメンが運ばれてくるまでの様子が隈なく見えるのだが、店主のすべての「所作」が驚くほどに「丁寧」なのだ。
それでいて「スピード」も早い。
だから「感動」してしまう。
思うに、覚えている範囲でいけば、私の中に「丁寧」という価値の大きさをびっしり植え付けてくれのはこのラーメン屋だ。
そして、疎遠になってしまった今でも覚えていることを考えると、
私たち人間は、誰かに「丁寧」にしてもらったことは多分死ぬまで忘れないようにできている。
「丁寧」には、それくらい物凄く大きな「価値」があるのだろう。
「丁寧な仕事」で、業界ナンバー1になった会社
話は変わるが、「池田ピアノ運送」という中小企業をご存知の方はいるだろう。
何せ、ピアノ運送では「日本一」の実績を誇る。
「新品のピアノの納品」「引っ越しの際のピアノの移動」をはじめ、大型家電、フィットネス器具、OA機器、通信設備機器、音響製品と「精密機器」はなんでも運ぶ。
そして、印刷危機など大型精密機器の全国への配送、設置、工事や、大型モニターを使用したオンライン環境の提供サービスなども手掛ける。
会社は2020年で創立50年。
従業員はグループ4社合計で220名。
12の営業所を束ね、売上高は30億円。
全国に協力会社のネットワークを構築し、世界シェア2位のピアノメーカーである「河合楽器」の関東の幹事会社(配送リーダー)でもある。
「業界ナンバーワン」の会社だ。
しかし、以前は今では考えられないほどに粗雑な世界だったという。
スーツを着て面接に行けば「うちが何屋か分かっている?」と質問され。
20歳にも満たないヤンキー上がりのようなスタッフが多くを占め。
一応作業着は着ているものの、ズボンはデニムや綿パンなどでバラバラ。
お客様への挨拶は「ちわーっす!」と軽い。
仕事も「見て覚えろ」で、まともに教えてもらえない。
とても「ピアノ」という「高級商品」を運ぶ会社とは呼べなかったそうだ。
そんな会社がなぜ「業界ナンバー1」と言われるまで成長したのか?
現社長の池田輝男氏はその理由は「たった一つ」だと断言している。
私たちは「丁寧に仕事をしているから」と。
<参考文献>
「丁寧」なのに仕事が速い人のヒミツ /海竜社/池田輝男
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お客様に「丁寧な仕事」を提供するために、多数の項目をルール化をし、習慣化させている
それほど自信のある「丁寧な仕事」とは一体どういうものなのか。
池田氏は、一例として「ピアノの搬入」にフォーカスして「丁寧な仕事」について説明をしている。
例えば。
「ピアノの傷は「手の甲」でチェックする」という。
「購入後のピアノ」は、小さな傷から大きな傷、へこみや塗装の欠けなど、生活の中で何かしらの経年変化があるもの。
そういう変化をチェックする時に「手の甲」を使う。
理由は二つ。一つは指紋をつけないため。
もう一つは「手の甲」が指や掌よりも「センサーとして敏感」だからだという。
そして、ピアノを運ぶ時は「すり足」で行う。
ピアノは200キロ〜300キロあるが、傷つけないように「持ち上げて」運んでいる。
キャスターがついているからといってゴロゴロと転がすような事は絶対にしない。
しかし、これだけの重さを普通に足を上げて運ぶ(ベタ足)と揺れてしまい傷や下手すれば事故にも繋がりかねない。
したがって、運ぶ時には「すり足」を使う。
すり足をすることで、ベタ足よりはスピードは落ちるが、下半身の体重移動が最小限になり、安定して運ぶことが可能になるのだという。
さらに、「搬入したピアノはピカピカに拭きあげる」というものもある。
ピアノの拭きあげは本来、ピアノの移動業者ではやらない作業だという。
ところが、池田ピアノ運送では、納品・移動にかかわらず拭きあげを徹底して行っている。
「移動」と「納品」で比べると、移動の方が効率もよく売上も立てやすい。
しかし、これでは「納品レベルのサービス力」は身につかないということで、現社長の池田氏が方針として定めたそうだ。
この他にも、
お客様の大事なピアノがある生活の最初の日を悪い思い出にしないように、汗の匂いがしないように「匂い」にこだわってサービスをする。
ユニフォームを「作業着」ではなく「訪問着」と定義し、ボタンダウンのシャツと黒のパンツで統一する。
このように多数の項目をルール化をし、そして習慣化させている。
全てがお客様に「丁寧な仕事」を提供するためにだ。
「丁寧な仕事によるお客様のファン化」は、仕事におけるゴールデンセオリー
しかし、なぜこの会社は「丁寧な仕事」にここまでこだわるのか?
その理由は池田輝男社長の自著に記されていた。
少し長いが引用にて紹介したい。
なぜ、私がここまで「丁寧な仕事」をおすすめするかというと、
丁寧な仕事をして丁寧を貯金すると、あなたの顧客が「一生客」になる、もしくは一生客を連れてきてくれる可能性が上がるからです。
おかげさまで私の会社は営業をかけることなく売上を伸ばすことができています。
なぜなら、お客様からの紹介で依頼をいただくことが多いからです。
「池田さんは仕事が丁寧だから」と言っていただくことが多いのです。
ピアノ運送業界では、一台のピアノが生涯で運送業者と関わる回数は2.8回と言われています。
最初に納品される時、引越しなどで移動する時、そして廃棄される時です。引っ越しの回数はまちまちなのですが、それでも全体で見ると2〜3回なのです。
ということは、お客様が運送業者と生涯に関わる回数も同じくらいということになります。
生涯で2〜3回ですから、一人のお客様とずっとお仕事をさせていただくことは稀です。
ただ、そのお客様がお友達などを紹介する形で私たちに依頼をくださるのです。
ピアノは思いの詰まった商品です。「雑に扱われること」は「思い出を雑に扱われること」と同義です。
だったら、丁寧に扱ってもらえるほうがいい、とお客様は考えるのは当然のことなのです。
「丁寧な仕事をして丁寧を貯金すると、あなたの顧客が「一生客」になる、もしくは一生客を連れてきてくれる可能性が上がる」
この箇所は、気持ちいいほどに私の腹にストンと落ちた。
読むと「そうは言ってもピアノ運送業界の話でしょ?」と思う人もいるかもしれない。
しかし、そう思う方もよく考えれば「丁寧な仕事によるお客様のファン化」は、決して一業界だけのものではないことは分かるはずだ。
私の知人に、若くして一部上場企業の経営戦略室に抜擢された女性がいる。
少数精鋭の部署というのもあるが、彼女は、M&A候補先企業の企画調査、新規事業の企画推進、重要な契約関連業務、プレスリリースの企画、メディアリレーションなど、なんでもやるそうだ。
そんな彼女が、最近ある会社に「ブログ記事」の作成を依頼したらしい。
聞いた話によれば、担当者によるヒアリングが驚くほどに「丁寧」で、記事作成のためのレギュレーションなども「丁寧」に作り込まれていたことにえらく感動し、その人の「ファン」になってしまった、ということだった。
私の経験則的にも、飲食店やコンビニは、接客が丁寧なところや、お客様への気遣いがきちんとされているところだとリピートしたくなり。
企業取引においても、相手のことを考え、丁寧な説明や手続きでアフターフォローをしてくれる会社であれば、取引を継続したい、同じところから買いたいと考える。
思うに「丁寧な仕事によるお客様のファン化」というのは、仕事における「ゴールデンセオリー」と言い切っても過言ではない。
「丁寧」には「自分を生かす」という価値もある
そして、「丁寧」はお客様だけに価値を提供するものではない。
「丁寧」は「自分のため」にもなるのだ。
一体どういうことか?
私の経験則だが、物事を自発的に「丁寧」にやるようになると、その対象に好意を持つようになり「充実感」や「やりがい」を感じることができる。
ゆえに、にんにくやの店主も、池田ピアノ運送の社長もスタッフも、私の知人からブログ記事の作成を依頼された会社の担当者も、
お客様に対して「丁寧」を提供することで、自分が「充実感」や「やりがい」を感じるからこそ、また「丁寧」を提供しようとなるのではないだろうか、ということである。
こう考えると、物事を「丁寧」に行うということは「自分を生かす」行為と考えることもできるのではないだろうか。
去年のことだが、
「中国で、松浦弥太郎の「ていねいな暮らし」が大流行していた…!」
という記事を読んで驚愕した覚えがある。
「ていねいな暮らし」とは、元「暮しの手帖」編集長で、株式会社おいしい健康が運営する「くらしのきほん(*2)」現編集長である「松浦弥太郎氏」が提唱したライフスタイルだ。
日本では2010年ごろから流行し始め、2018年あたりにブームのピークを迎えたと言われている。
この「ていねいな暮らし」がお隣の国、中国で大流行しているというのだ。
中国で、松浦弥太郎の「ていねいな暮らし」が大流行していた…!
「中国では、元『暮しの手帖』編集長の松浦弥太郎さんの人気が凄くて、『ていねいな暮らし』というキャッチフレーズも流行っているの。
中国語では『用心过生活』って言うんだけど、この理念を実践する人たちもたくさんいるよ。
なにも富裕層に限った話じゃなくて、普通より少しだけリッチなミドル層にも浸透しているの。」
(中略)
中国での松浦弥太郎氏の人気は凄まじいらしい。
これまでに中国語に翻訳された著作は、なんと20冊以上。
珍しいことに、中国語版ウィキペディアである「百度百科」では、日本人であるにもかかわらず、松浦氏個人のページが掲載されていて、付属の掲示板では活発な議論が行われている。
コミュニティサイト、豆瓣には8000人もの人がレビューを執筆し、ネットの記事では、
「日本で最も洗練された生活を送る男」
「中国100万人の青年に愛される男」
といったフレーズが並ぶ。
中国と聞くと、少し前まではお金にものを言わせた「爆買い」のイメージが強かった。
いわば「ていねいな暮らし」とは、これに対するアンチテーゼ的なライフスタイルだ。
だからこそ、今大流行しているという事実に私は驚愕した。
中国人が日本に求めるものも、少しづつ変化していっているのだ。
これもふまえて思うに、この世界に「丁寧」の価値を感じない人はいない。
そして、「丁寧」には、相手や物といった「対象」のためにもなり「自分」のためにもなる、物凄く大きな価値があるのだ。
しかし、「雑」に生きていようものなら、こういう価値は一生かけても分かってこないのだろう。
「丁寧」が持つ価値をより知っていけるように、何に対しても「丁寧」にあたるための努力をしていきたいと私は強く思う。
*1 にんにくや
*2 くらしのきほん
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【著者プロフィール】
田中 新吾
今度トレイルランに出るので夜走るのが日課になっています。
徐々に復活してきているマッスルメモリー達にも「お帰りなさい」「戻ってきてくれてありがとう」と丁寧に伝えていきたい。
プロジェクトデザイナー/企業、自治体のプロジェクトサクセスを支援しています/ブログメディア(http://ranger.blog)の運営者/過去の知識、経験、価値観などが蓄積された考え方や、ある状況に対して考え方を使って辿りついた自分なりの答えを発信/個人のプロジェクトもNEWD(http://ranger.blog/newd/)で支援
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