AIの推論を超える主観的価値は、「ストーリー」や「プロセス」に宿ることをあらためて実感した。
以前から一つの「確信」いや、「信念」と呼ぶべき考えが、私の中に根付いていました。
成果物の価値は、単なる品質や表面的な出来栄えだけで決まるものではありません。
それ以上に、「どんなプロセスやストーリーが込められているか」によって、その存在感や価値が何倍にも膨れ上がる。
少なくとも私はそう信じています。
AIの進化によって、私たちは「品質の高い成果物」を簡単かつ瞬時に手に入れられるようになりました。
ロゴデザイン、コピーライティング、事業戦略…etc.
どんな仕事も、現在のAIは驚くべきスピードで高い品質の「成果物」を提案してくれます。
でも、AIが返すのはあくまで「推論」です。
それを前にしたとき、私たちの心は本当に満たされているのか?
便利さと引き換えに、どこか味気なさや、手触りのなさ、つまり「体温」の欠如を覚える瞬間もきっとあるはず。
この記事では、「AIの推論」には補えない領域について、私自身が再認識した「お餅つき」と「ロゴデザインの提案」という二つの体験から、アリストテレスの弁論術や、主観的価値を生み出すストーリー・プロセスの重要性について掘り下げていければと思います。
「皆んなでついたお餅」がなぜあんなに美味しいのか?
先日、知り合いのお茶農家さんに誘われ、お餅つき会に参加してきました。
今年で3回目の参加になります。
今日は地域の皆さんと餅つきッ pic.twitter.com/0mruTbcnXC
— 田中 新吾 (@tanashin115) December 20, 2025
当然、つきたてのお餅はそれだけで美味しい。
しかし、今回改めて強く感じたのは、美味しさの源泉は「味覚」だけではないということでした。
市販のお餅も十分に美味しい。
安価で、品質も安定していて、どこでも手に入ります。
一方で、自分たちでついたお餅は、手間がかかります。
準備から片付けまで、多くの「時間」と「手間」を要し、形も決して綺麗とは言えません。
しかし、主観的価値(自分にとっての価値)としては、市販のものとは何倍、何十倍もの開きがあります。
それは一体なぜか?
そこに「ストーリー」があるからです。
お米が蒸し上がる香りを嗅ぎ、重い杵を振り上げ、息を合わせてつき上げる。
その「プロセス」に自分が関与し、人々の感情や熱量が動くのを目の当たりにする。
この「体温が乗ったプロセス」こそが、成果物であるお餅の価値を劇的に増幅させているのです。
最近は、AIがどんなコンテンツでも作ってくれるようになりました。
しかし、AIが大量生産するコンテンツには、この「温かみ」を感じることが難しい。
大量生産・大量消費の極北にある「効率化された成果物」には、パトス(感情を動かす力)が欠けている…
そう感じてしまうのは、きっと私だけではないはずです。
3Dロゴの提案に見る、主観的価値が「爆上がり」する瞬間
もう一つのエピソードは、私の本業である「命名」や「ブランディング」の実務における話です。
先日、デザインパートナーの方から新しいロゴの提案をいただきました。
以下の「名前座」に関するものです。
関連記事:複数の名前が織りなす「名前座」で、あなたのプロジェクトに唯一無二のアイデンティティを。
そこで見せていただいたのが、3Dツールを用いたロゴデザインでした。
「名前座」のコンセプト考案の軸になっている「星座」の構造に由来したそのロゴは、文字を立体的に見せるという驚きのアイデア。
それ自体も非常に秀逸だったのですが、私が最も心を動かされたのは、その「裏側」にありました。
提案の席で、デザイナーの方はそのロゴに行き着くまでの膨大な検証プロセスを見せてくださったのです。
「この角度だと視認性が落ちる」
「この立体感だと星座らしさが損なわれる」
城を積み上げるように一つずつ検証を重ね、試行錯誤の果てにようやく辿り着いた、その「思考の軌跡」を共有してもらった時。
私の中の主観的価値は、まさに「爆上がり」しました。
もし、最初から「完成したロゴデザイン」だけを見せられていたら、ここまでの感動なかったと思います。
成果物に至るまでの「思考プロセス」を、クライアントが追体験(擬似的に関与)できるようにすること。
これこそが、成果物に対する圧倒的な納得感を生むののだと思います。
思うに、仕事のタスクそのものは効率化できても、人の心を動かし、価値を増幅させるためには、あえて「手間」を見せたり、「時間」を共有することが不可欠。
今回いただいたご提案は、私が命名をする際にこれでもかというくらい意識していることと強い重なりを感じました。
※現在、デザイナーさんと制作を進めているロゴなどのグラフィックデザインの完成形については来年前半にはお披露目できるかなと思います。
アリストテレスが説いた「伝える力」の本質
ここで少し、2,000年以上前から変わらないコミュニケーションの本質に立ち返ってみます。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「コミュニケーションの技術」について5つの重要な要素を挙げています。
- ロゴス(理性・論理)
- パトス(感情・熱量)
- エートス(人柄・信頼)
- メタファー(イメージ・たとえ)
- 簡潔さ
2,000年以上続く、アリストテレスが体系化した5つのコミュニケーションスキル。
— 田中 新吾 (@tanashin115) December 23, 2025
1.エートス/人柄
・聞き手が話し手の信頼性を洞察するときは、人柄も要素の一つとなる
・人間は本能的に、かなり短時間の間で他人を信頼する理由を探す
・発する言葉を裏付ける行動を日頃から意識するべし… pic.twitter.com/wJNDNaDO3W
AIや現代ビジネスが得意なのは、特にこの「ロゴス(理性・論理)」の部分です。
大量のデータに基づいて筋道を立て、効率的に結論にたどり着く。
いわば「論理の最適化」はまさにAIの真骨頂だと思います。
しかし、アリストテレスは「説得」は論理だけでは成り立たないとも指摘しました。
とくに「パトス(感情)」や「エートス(人柄・誠実さ)」は、人の心を動かすうえで不可欠なファクターです。
また、「メタファー(たとえ話)」や「簡潔さ」(無駄を削ぎ落とした伝え方)も、伝わるコミュニケーションには欠かせません。
なかでもビジネス現場やクリエイティブの文脈で今、特に求められているのが「パトス」の力ではないかと私は感じます。
論理や仕組みだけでは伝わらない思いや情熱をどう届けられるか。
それを体現するのが、まさにプロセスの共有やストーリーなのです。
たとえば実務の現場では、以下のような問いに向き合うことが多いはずです。
- 「なぜこれを作ったのか」
- 「どんな苦労があったのか」
- 「完成までに何を捨ててきたのか」
こうした「背景」や「思い」に触れられると、論理だけでは到達できなかった納得感や共感が生まれ、それが主観的価値を増幅させてくれます。
AIは成果物自体の品質ではすでに人間を凌駕し始めていますが、その「過程」や「想い」を伝えることは得意ではありません。
ストーリーを自ら経験し、苦悩や模索を内包して表現することは、やはり人間ならではの強みです。
AI時代のプロフェッショナルとして自分自身の価値を磨くためには、アリストテレスの説いた5つの柱をバランスよく意識しつつ、特に「パトス」をどれだけ乗せられるか。
ここに未来の差分が生まれると私は感じています。
とくにコミュニケーションスキルを研ぎ澄まし、「思い」や「ストーリー」を伝えることができれば、アウトプットの価値は大きく跳ね上がっていく。
価値を決めるのも与えるのも、いつだって人間だ
ここで、一つのマンガの台詞を思い出します。
「人が願わなければ、宝石は輝かない」
「価値を決めるのも与えるのもいつだって人間だ。」 (『アラガネの子』第18話より)

宝石そのものに「絶対的な価値」が固定されているわけではありません。
人間がそれを美しいと願い、そこに意味を見出すからこそ、石ころは宝石へと変わります。
これはビジネスにおける成果物も同じです。
ロゴそのもの、名前そのもの、商品そのものに価値があるのではない。
それを受け取った人間が、そこにどれだけの「納得感」や「ストーリー」を感じ取れるか。
主観的価値とは、対象そのものではなく、私たちの心の中に生まれる「反応」なのだと思います。
AIは「効率的な石ころ」を無限に生成してくれます。
しかし、それを「輝く宝石」に変えるのは、作り手と受け手の間に流れるパトスの交換。
効率化を突き詰め、プロセスという「間(ま)」を抜き去ることは、一見すると賢い選択に見えます。
しかし、あまりに間を抜きすぎると、私たちは文字通り「間抜け」になってしまう。
大事なものが抜け落ち、タイミングや呼吸が合わず、結果として人生の豊かさが損なわれる。
そんな皮肉な結果は避けたいものです。
あえて「手間」をかける。
あえて「プロセス」を見せる。
それは、非効率な無駄遣いではなく、成果物に「体温」を宿らせ、宝石として輝かせるための、最も本質的な投資なのだと思います。
関連記事:「五間」を自分の中でどのように生かす事ができるかを考えて生きる、という話。
ストーリーを語ることを、仕事の一部にする
「良いものを作れば売れる」という言葉があります。
それは半分正解で、半分は間違いだと私は思います。
「良いもの」が、「どのような想いとプロセスを経て生まれたか」というストーリーを伴って届いた時、初めてその価値は完成し、相手の心に深く刺さる「逸品」へと昇華されていく。
最近の私は、この「プロセス」や「ストーリー」をいかにクライアントと共有し、共に歩むかをとても重視しています。
単に完成品を納品するのではなく、検証の旅路を一緒に歩む。
答えを出すことと同じくらい、問いの背景を丁寧に語る。
私の手元にあるメモ(Obsidian)には、随分前に読んだ「感動を売りなさい」という本の中の抜粋がありました。
人は情報だけでは満足しません。
「あなた」の存在を感じさせてくれるメッセージを求めています。
「生身の人間」がこのメッセージを送っているのだということを示す、人間らしい何かを感じたいと思っています。
これも今あらためて読むと非常に刺さる。
もし、あなたが自分の仕事に「もっと価値を感じてほしい」と思っているなら、あえて自分の仕事の「裏側」を少しだけ見せてみてはいかがでしょうか。
AIには真似できない、あなたの「葛藤」や「熱量」こそが強い属人性となり、相手にとっての主観的価値を爆上げする最強の隠し味になるはず。
今回の内容が、みなさんの視点や仕事の向き合い方に、新たな気付きをもたらすきっかけになれば幸いです。
UnsplashのHal Gatewoodが撮影した写真
【著者プロフィール】
著者:田中 新吾
先日、知人から教えていただいた相鉄線のムービーもまさに、制作の「プロセス」や「ストーリー」を知ることで、主観的価値が爆上がりました…
◼︎ ハグルマニ(プロジェクトコンプリメンター)
◼︎ 命名創研(命名家)
◼︎ 栢の木まつり 実行委員会
◼︎ タスクシュート認定トレーナー

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