田中 新吾

日々の小さな変化は見逃しやすいが、まとめて見ると大きな違いに気づくことができる。

タナカ シンゴ

最近、自分の結婚式の準備の時くらいぶりに、大学生の頃の自分が写っている写真を見る機会があり、

「すごい変わったなー(老けたという意味で)」

と思いました。

そして、思い出したように、大学生の頃にコストコのアルバイトの様子を書いていたブログを見返してみたのですが、そこでも、

「すごい変わったなー(昔はこんな子供っぽい文章しか書けなかったという意味で)」

と思いました。

このような経験を通してあらためて思ったことがあります。

それが、

日々の小さな変化は見逃しやすいが、まとめて見ると大きな違いに気づくことができる。

というもの。

本稿ではこの考え方について、もう少し思考を掘り下げてみたいと思います。

日々の日記をやる理由

このブログでも何度かお伝えしている通り、私には「日記を書く」という習慣があります。

参照:30代半ばになって偶然、自分にあった「日記の書き方」を見つけた、という話。

日々の業務日記を書くという形でほぼ毎日欠かさず書いているのですが、2021年の年末から本格的に記録をはじめたので、もう間も無く2年を迎える状況です。

で、今現在も続けているということは何かしらのメリットを感じているからなわけですが、それをざっくり言葉にしてみました。

・昨日の行動をすぐに忘れてしまう私を助けてくれる

・記録していたことが時間差でブログのネタになることがある

・自分の史料館を構築している感がある

・昨日の私はもういないという感覚を忘れさせないでくれる

・自信を生んでくれる

今はやる理由がこれだけあるので、時々浮上してくるやらない理由にも負けない感じになってまして、きっとこの命が終わるまで続けていそうな感じがしている習慣です。

そして、前述した、大学生の頃の写真や、大学生の頃のブログにも通じるものなのですが、

・日々の小さな変化は見逃しやすいが、まとめて見ると大きな違いに気づくことができる

これもやる理由としては非常に大きいです。

例えば、今2年前の日記を見返すと「この時はこんな行動をしていたのかー」や「この時はこんなことを考えていたのかー」など自分で自分にとても驚くわけです。

そして同時に、2年前の自分と比べると今の私は大きく変わったなと感じることができます。

この感覚というのは、昨日と今日のようなタイムスパンでは決して味わうことのないものでして、1年や2年もっといえば5年10年のタイムスパンで見るからこそ味わえるものなのかなと。

その大きな変化に成長を感じるのか、あるいは堕落を感じるのか、それは人それぞれだと思うのですが、せっかくの人生なのだから感じないのは何だか勿体ない。

「人間は日々変わっている」

これは養老孟司さんをはじめ既に多くの人が語っていることではありますが、頭ではわかるけれども、正直日々の変化は小さすぎてよく分かりません。

よく分からないので見逃しがち。

日々、日記を書き続けていても強くそう思うんです。

しかし、まとめてみればその変化にしっかり気づくことができる。

日記の習慣を通して得たこの経験は私にとっては遥かに大きなものになっています。

1に記録、2に記録、3、4がなくて5に記録

では、自分自身の大きな変化に気づくためにはどうしたらいいのか、何をしたらいいのかという話です。

これはもうお察しのとおり「記録」をするに尽きると思います。

1に記録、2に記録。

3、4がなくて5に記録。

とにかく記録をつけておくのです。

記録をつけた時にはそれが何の役に立つのかはよく分からないかもしれません。

でも、後になってその時つけた記録がジワジワとその価値を発揮してくるんです。

「反穀物の人類史」という本の中に、

記録することは統治すること、記録されることは統治されること

といった類の記述があるのですが、私のことを記録することは、私を統治することでもあるのかなと。

ベストセラー本「エッセンシャル思考」の中にも以下のような記述があります。

人は忘れやすい生き物だ。せっかく体験したことを、片っ端から忘れていく。

たとえば、先週の木曜日の夕食が何だったか、思い出せるだろうか。

3週間前の月曜は、どんな会議に参加していた?たいていの人はまったく思い出せないはずだ。

日記は脳のバックアップ装置のようなものだ。

誰かが言っていたように、「どれほどすぐれた記憶力も、鉛筆一本にはかなわない。」

エッセンシャル思考的にも記録はいいようです。

私に関して言うと、

ブログは10年以上続けており自分にとっての記録的活動です。(アメーバ、ライブドア、今は自作のワードプレス)

毎週配信しているメルマガももうすぐ100本になるところでして、これも記録的活動です。

日々のタスク管理は、タスクシュートクラウドというツールを使って行っているのですがこれもタスクのログが取れていくので記録的活動です。

スマートウォッチで、睡眠、ムーブ、エクササイズ、スタンド、ランニングなどのログが自動的にとっているのですが、これも記録的活動です。

読んだ本については読書メモを作成しており、これも記録的活動です。

こうやって現在の私の人生をあらためて見返すと記録に囲まれているのがよく分かります。

いずれも私にとっては意味があり、メリットがあると思うからやっているわけで、特に、まとめてみた時に、大きな違いに気づき、自分で自分に感動することができるから、というのがだいぶ大きい。

そんなわけで、引き続き生きているかぎりは記録的活動に励んでいきたいなと。

今回書きたかったことはこんなところです。

Unsplashkrakenimagesが撮影した写真

20代のうちに記録の大切さに気づけたらよかったなあ・・・・

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

20代のうちに記録の大切さに気づけたらよかったなあ・・・・

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

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