田中 新吾

30代半ばになって偶然、自分にあった「日記の書き方」を見つけた、という話。

自動的に記録されていくものも含め、現代には様々な記録活動があるわけだが、古くからあって最も代表的なものは「日記」になるのだろう。

毎年年末になれば書店の先に日記帳が並び出し、製本も装丁も大変立派なものが多く、工夫が凝らされている。

全国で一体どれほどの日記帳が売れるのかは知らないが、日本における日記人口はそれなりにいるのだろう。

ただSNSが普及した今、SNSがなかった頃と比べて日記帳に日記を書く人はずいぶん減ったように思う。

それはSNSを日記的に活用している人を見かけるからだ。

かくいう私はどうかと言えば、これまでの人生で日記を書く習慣を持つことはなかった。

なぜか?

端的に言えば、自分に合った「日記の書き方」が分からなかったからだ。

学生の頃、とりあえず日記帳を買ってつけてみたこともあったが、何を書いたらいいかよく分からず1週間も立たないうちに放り投げた覚えがある。

それもあって日記帳を買うことは一切なくなった。

昨年「武漢日記」という本を興味本位で読んだことがあった。

その日にあった事象と魂の記録が克明に書かれており、日記ではあるが文学作品みを感じる高いクオリティだった。

しかし、こういうものが「日記」なのだとすれば、ハードルが高すぎて私には到底習慣にすることはできないとも思った。

他にも、SNSで「三行ポジティブ日記」というものをしばしば見かける。

誰が開発したものなのかは知らないが文字通り、その日にあったポジティブな出来事を3つ書き出すというものだ。

ハッシュタグで追ってみると結構な数の人がこの日記を付けていることが観測できる。

拡がっている理由を探してみると、どうやら不安やストレスを減らすことに繋がるところが大きいようだ。

参照:寝る前15分間でさくっと書ける「3行ポジティブ日記」が最高。ストレスも不安も減ってゆく

三行ポジティブ日記は、武漢日記と比べればウルトラお手軽な日記になるわけだが、SNSが普及した現代ならではの日記の一形態となっているのだろう。

だが、この日記の付け方も「自分には合わない」と私は思った。

「日記とは人に公開するものではなくて自分のためのものではないのか?」

「日記の本質的な価値は不安やストレスを減らすことなのか?」

「日記を続ける」という目的を考えれば、三行ポジティブ日記はその手軽さから遥かにハードルは下がる。

しかし、上のような疑問が払拭できず結局取り組むにはならなかった。

私は比較的、SNSには定期的に何かしらを投稿する方だとは思うが、別に日記という位置付けでは使っていないし、日記として使う気もさらさらない。

そんな私に転機が訪れたのは昨年末のこと。

私は30代半ばになって偶然、「自分にあった日記の付け方」を発見したのだ。

どこで発見したのかというと、Amazonのレコメンドに出てきて手にとった「知的生産の技術」という本の中だった。

「知的生産の技術」とは一体どんな本なのか?

私にあった「日記の付け方」とは一体どんなものなのか?

以降に詳しく書いていきたい。

日本における「文化人類学」のパイオニアで、「情報産業」という言葉をはじめて用いた人物

著者は、梅棹忠夫(うめさおただお)氏。

日本の生態学者、民族学者、情報学者、未来学者。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、京都大学名誉教授、理学博士(京都大学、1961年)。

従三位勲一等瑞宝章。日本中東学会初代会長を務めた。

1963年に発表した「情報産業論」はセンセーションを巻き起こした。今では当たり前の言葉になった「情報産業」という言葉を初めて用いた。

1964年には自身を中心とした若手研究会による私的研究会「万国博覧会を考える会」を発足。小松左京が万博に参加するきっかけを作った。

「京大式カード」の生みの親でもある。

日本における文化人類学のパイオニアであり、梅棹文明学とも称されるユニークな文明論を展開し多方面に多くの影響を与えている。

(中略)

梅棹は青年期より登山と探検に精を出し、数多くのフィールドワークの経験からB6カードを使った情報整理法を考案、その方法をまとめた『知的生産の技術』はベストセラーになった。

モンゴルにフィールドワークに出かけた直後に原因不明の視力障害を患い、64歳で両目とも失明するが、失明後はそれ以前よりも多数の著作を残した。

wikipediaによれば、梅棹氏は、日本における「文化人類学のパイオニア」で、今では当たり前になった「情報産業」という言葉を日本で初めて用い、「情報産業論」という本で日本中にセンセーショナルを起こした人物だという。

本書は、そんな梅棹氏が多くのフィールドワークの経験から導出した「情報整理法」がまとめられ、ベストセラーになっていたものだった。

しかし、この本が出版されたのは今から50年以上も前の1969年である。

さすがに現代には合わない部分が大半なのだろう・・・と思いつつも、折角なので少し読んでみることに。

するとどうだろうか。

今の方法に置き換えた方が良さそうなところも見受けられたが、全体を通して時代を超える普遍的で、本質的な知的生産の考え方と技術が記されており、それについて私たちが議論を行うための土台になる超良書だと感じた。

これが私が生まれるとうの昔に書かれたものだというのだからその驚きはK点を超えた。

そして、この本が私に対して提示してくれた様々の示唆の中で、特に輝きを放ったうちの一つが「日記の書き方」であった。

というわけで、日本ではじめて情報産業という言葉を用いた文化人類学のパイオニアが語る日記論について、私に刺さったところを4つご紹介をしていきたい。

1.日記を書くことも知的生産の一種

この本を読み進めていてまず驚いたのは「日記」という項目があったことだった。

というのも、私の中で「知的生産」という言葉を目にしたときに頭に浮かんでいたことが、「気になったことはメモをとる」「読書をする」「文章をかく」というあたりで「日記」に関しては全く思いもしていなかったからである。

だが結論から言ってしまえば、この本を読んだことで日記を書くことは私にとって知的生産をするための行為の一つに加わった。

本書で述べられている「知的生産」の定義は、頭を働かせ、新しい情報をつくりだすことである。

そして、梅澤氏は日記を書くことは知的生産において重要な「記録」の一種というのだ。

一般に「日記」はどちらかというと私的で主観的なもので、「記録」はどちらかといえば公的で客観的なものという具合の違いがあるのだろう。

私は少なくともそう思っていた。

しかし、日記というのは「経験の記録」が日付順に記載されているというだけのことであって両者に本質的な区別はないと梅棹氏はいう。

そして、記憶の上にたち精密な知的作業を行うことは不可能に近いことで、記憶の欠陥を補うために、記録をすることは知的生産に携わるものの基本的な心得だ、と主張している。

知的生産において最も重要なことは「記録」。

だからこそ、それを毎日のように行う「日記を書くこと」の価値は遥かに高い、ということだった。

はじめて情報産業という言葉を使いはじめ、幾多のフィールドワークを記録してきた先人が発する言葉というのはやはり心に響くものが大きく違う。

この話を端にして、「日記を書くこと」は知的生産のための重要な活動の一つとして私の中に位置付けられた。

2.日記は人に見せるものではなく、自分(という他人)のために書くもの

冒頭の「三行ポジティブ日記」に対して持っていた疑問の一つは、梅澤氏の「日記は、ひとにみせるものではなく自分のためにかくものだ」という一言で一蹴された。

ここまでハッキリ言ってもらえると清々しい気持ちになる。

日記は人に見せることを前提に書くものではない、のだ。

加えて、自分のために書くものだからこそ技法や形式の研究をすべきだとも述べている。

その理由を二つ挙げているが両者とも非常に納得がいった。

一つに、技法や形式の研究なしに、意味のある日記が書き続けられるほどには自分というものは偉くはない。

色んな工夫を重ねて、自分をなだめかしつつ、ようやく日記は書き続けることができる、ということ。

二つに、自分というものは時間とともにたちまち「他人」に成り代わってしまう。

したがって、形式や技法を無視していたのではすぐに自分がなんのことを書いているのかが分からなくなってしまう。

だからこそ、手紙に形式や技法があるように日記にもあるべきということ。

日記を書き続けることは簡単なことではなく、「自分という他人」に対して書くのものだから、技法や形式がなければ読めたものにはならないという梅棹氏の主張は、私の日記に対しての価値観を大きく塗り替えた。

3.日記一般を「自分の内面の記録」や「魂の成長の記録」だと考えるのは間違い

日記には心の中のことを書くものだというとほうもない迷信がひろく行き渡っている

これも私にとっては非常に痛快なメッセージだった。

「読んで見て欲しい」と、梅棹氏にわたされた日記は、どれもこれも例外なく「内面の記録」だったという。

そして、こういう日記の書き方が拡がっているのは、教科書や出版物で紹介されている日記の多くが内面の記録か魂の成長の記録だからで、それが影響して「日記は文学である」という認識が拡がったのではないか、と考えを述べている。

もちろん梅棹氏はそういうものも否定はしていない。

だが、すべての日記が文学であるのではない、と主張する。

文学的な日記もあれば、科学的な日記もあれば、実務的な日記だってある。

結局日記というのは、日付順の経験の記録であって、その経験が内的なものであろうと、外的なものであろうと、それはまったく問題にならない。

したがって、日記に心のことや魂のことを書かねばならないという理由はどこにもない、ということだった。

そして、これは日記を書くうえでかなり大切なことだと強調している。

「武漢日記」はまさに文学的な日記で、悲しみと憤りのパトスを感じる魂の記録だった。

「こういう日記も多いが、こういうものだけが日記ではない」

これが分かったことは私にとって遥かに大きな収穫であった。

4.日記は「自分自身に向けて提出する毎日の業務報告」として書く

これまでの話もふまえて「では実際何を日記に書くのか?」という話である。

梅棹氏は、日記は「自分自身に向けて提出する毎日の業務報告」として書けばいい、と述べている。

実はこういうつもりで書いた日記の方が本当は役に立つ、というのだ。

もちろん業務報告がゆえにドライな記述が多くなるため、文学作品や教科書の文例にはなりにくい。

しかし、個人にとって意味があるのは心や魂のことではなくこういうモノだというのだ。

書き方は極めてシンプルだ。

その日その日の経験や出来事を、出来るだけ客観的に簡潔に記録しておく。

内的な経験があればそれを排除する必要はない。

思想も感情も客観的に簡潔に記録しておけばいい、ということだった。

この主張に触れた時、まず先に思い出したのは前職で業務の報告に使っていた「日報」だった。

しかし、経験や出来事を簡潔に記録はしていたが「他者の目」を意識して、多少なりとも補正がかかったり、要不要の判断が入っていたことを考えるとこれとは違う、という判断に至った。

ポジティブなことばかりではなくネガティブなことも、その日に何があったのか客観的に経験を克明に記録し、自分自身に対して経験の報告を行う。

これが梅棹流の「日記の書き方」である。

一生涯にわたって知的生産をし続けていきたいと思う私にとって、梅棹氏の日記に対しての考え方とその書き方は取り組む価値が極めて大きいものだと感じた。

日記は「自分自身にとっての重要な史料」

というわけで、この「日記の書き方」を年明けから実践してみているところである。

ただし書き込む場所はノートではなく、現代らしく「スプレッドシート」だ。

Notionも候補にあったのだが、誰に共有するわけでもなく自分のためであることから運用のしやすさも考えてスプレッドシートに書くことに決めた。

日記の技法や形式の研究の一つ、と言っていいのだろう。

詳細は伏せるがこんな具合である。

最近になって、以前「人間の心的な時間は、認識される出来事が多いと長くなり、少ないと短くなる」という記事を読んだことを思い出した。

参照:土日の体感時間を“1週間”に延ばせる!? 目からウロコの「時間の長さコントロール法」

自分自身に向けて提出する毎日の経験の報告という「日記」を書くことで、まさに今私はこれを実感している。

その日を終えた時「1日短かったなあ」と感じないのだ。

本書の中で、日本にはかなり昔から「経験の記録的な日記」をつける習慣があったと梅棹氏は述べている。

昔の日記といえば、平安時代の紫式部日記や更級日記などは誰もが知っているものかもしれない。

だが、もう一つ別の日記の流れがあったというのだ。

それが「公家の日記」である。

この手の日記では、三条西実隆の日記や、山科言国、言継の日記などが有名だそうだが私は何一つ知らなかった。

いずれの日記も宮廷における所轄業務のことをはじめ、様々な事件、経験を克明に記した記録になっているという。

宮廷の台所日記で、天皇の側近の女官が次々と書きついできた「御湯殿上日記」と呼ばれるものもあるそうだ。

そして、こういう類の日記は具体的な事実の記録であるためきわめて「史料価値が高い」と述べている。

日記というのは、後から読み返してみて感傷にふけるだけでなく、あの時はどうであったかと事実をたしかめに見るという効能が遥かに大きい、ということだった。

確かに日記を書くことでストレスや不安が軽くなることはあるのだろう。

だが、本質的な価値は「事実を確かめに見る」ことだと私は確信を得た。

本書に明確な記載はなかったが、おそらく、梅棹氏の日記の書き方はこの宮廷貴族の日記形式からインスパイアされた部分がかなり大きいのだろう。

そして今、そんな日記の書き方を私は偶然知り、30代半ばにして「日記を書く」ようになった。

人生というのは、どこからどういう影響を受けるか本当に分からないものである。

まだ運用して1ヶ月ほどしか経っていない人間が言っても大した説得力もないのだが、「日記の史料的価値」を日に日に感じるところが大きくなっている。

だからこそ、

日本の宮廷貴族の業務日記の伝統こそ、われわれが受け継いでいくべきものだと考えている

という梅棹氏の主張に、今の私は大いに共感してしまう。

Photo by Jodie Cook on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

リーマン・ショックを予言した、ナシーム・ニコラス・タレブは「10年間発行されつづけている本は、もう10年残るだろうし、2000年前から読まれている本は、かなり先まで読まれるはずだ」と述べています。

これを参考にするならば、10年以上前に出た本に基準を置き、今でも売れ続けている本を読むのが良いということになりそうです。梅棹氏の「知的生産の技術」はこれに該当するモノだと思います。

幅を愉しむWebメディアRANGER(http://ranger.blog)の管理人・ブロガー・複業実践者。長年のマーケティングの経験があり、商品やサービスとお客さんの出会いを演出するのが得意です。

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