年始に気づいたこと。「私は人生でいくつかの大きな賭けをしている!」
あるTVCMに、『去年の冬を元気に過ごせなかったと感じた人、5400万人!』というフレーズがあった。
このCMによると日本人の半分近い人が元気に過ごせていないということになるのだが・・・。
これだけモノも情報もあふれている豊かな時代に、そんなことがあるのだろうか?
そんなことがあっていいのだろうか?
もしそうならば、世の中どこか間違ってやしないだろうか?
免疫機能が弱っている?
頑張りすぎ?
いろいろな思いが巡る。
このCMのことを話したある人の最初の反応は、「どうやってこの数字を出したのか、怪しい」というものだった。
確かにCMに煽られ過ぎなのかもしれない。
この言葉に少し落ち着きを取り戻した私だったのだが、今年もインフルエンザが猛威を振るっていると聞いて、また浮き足立ってくる。
そんな最中、私がこれまで全く知らなかったリポポリサッカロイドという物質を知ることになった。
“リポポリサッカロイド”という物質
リポポリサッカロイド(以下LPS)は、日本人が1988年に発見したもので土や野菜などに含まれる菌由来の糖脂質だという。
このLPSは人のマクロファージを活性化させる作用を持つらしい。
人の体内に病原菌やウイルスなどの異物(抗原)が侵入すると、それをまずマクロファージが発見し、それらを食べて死滅させる。
人は、そうやって病気への感染を防いでいて、これを免疫力という。
ということは、そのマクロファージを活性化させるLPSは免疫力を担う成分のひとつ、と言えるわけだ。
LPSは、特に土の埋まっている根菜類に多く含まれる。
そして、どうやら自然豊かな森や土がある場所の空気中にも浮遊しているらしい。
健康効果のある成分を食べるではなくて吸うことができるというのは、森のフィトンチッド(植物が自分を守るために発散する揮発性物質の総称で人体にも有益とされる)以来のモノではないだろうか?
この物質の存在は、野菜が体にいい、ということをあらためて確認させてくれるし、もしかして、自然の中で空気が美味しいと感じたりすることを裏付けるものなのかもしれない。
さらには、都市部に住む人の不調を自然欠乏症と表現することにも、どこかつながっているようにも思えてくる。
世の中には未知なる物質がまだまだあるものなんだ、と感心する。
そして同時に何となく感覚で言っていることを具体的な物質でまだまだと説明できていないことに気づくのだ。
栄養至上主義(ニュートリショニズム)を疑う
LPSの話をある人にしたところ、すぐさま菌根菌(きんこんきん)の話が返ってきた。
菌根菌の発見はずいぶん古いものらしいのだが、こちらも私は聞いたことがなかった。
植物の根が土から栄養分を吸収することを助ける菌らしい。
そして植物内にも存在していてこの物質もまた人間の腸によい働きをするものだと言われている。
そしてこの菌根菌は、肥料を与えることで見事にいなくなる(不要であると察知して自ら身を引くのか・・・)のだとか。
ということは、土に肥料を与えることで、菌根菌の健康効果を得られなくなってしまう、ということにもなるのだろう。
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このLPSと菌根菌のことを考えている時、なぜだか浮かんできたのが”栄養至上主義”という言葉だった。
この言葉には、健康になるために栄養だけでは不十分である、として栄養偏重を揶揄する意味合いが含まれている。
若い頃からずーっといわゆる栄養至上主義者として(笑)いろいろなサプリメントを飲んできた私だったのだが、歳をとって栄養至上主義を偏重なものと捉えることができるようになった。
健康でいるためには、摂取するものだけではなく、精神的なものが大切である。
つまり精神を健やかでいるためには、食べ物だけでなくて”考え方”がまた欠かせない。
そしてまた運動も必要である。
言葉にすると何とも単純なことなのだが・・・。
そしてこの栄誉偏重という捉え方に今回また新たなひとつが加わって強化されることになる。
私に”栄養至上主義”という言葉が思い浮かんだのは、その栄養の成分の中にLPSや菌根菌が含まれているのか?という疑問が湧いたことによるものだ。
新しく発見された物質は、まだ教養としての?栄養に組み込まれない。
そんなLPSのように人間が発見できてない健康成分がまだまだ存在しているのではないか?
たぶん、わかっていない健康成分の方が圧倒的に多いに決まっている・・・。
そんな中での”栄養至上主義”は、かなり不完全なものであるはずなのだ。
現代の”栄養学”は人間が発見できた限られた栄養素で成り立っている。
発見された栄養素のみから造られて、しかもその中から見えてない人が要素を選択する、サプリメントなんてものは栄養偏重になってしかるべし。
私は自分の中で”栄養至上主義”という概念と現代の”栄養学”をゴッチャにしたまま過ごしていたのだ。
現在体系化されている知識(今回で言えば現代の栄養学)を信頼し、そして知らず知らずのうちにそれに依存することになっていた。
こんなに不完全なものなのに今見えているものがすべてとして語ろうとしてきた。
何事に対しても、(今体系化されている)学問を習得することが最上位の目的になってしまって、まだ見えていない本質を見ようとしなくなる。
そんな、言ってしまえば当たり前のような簡単な落とし穴にはまってしまっていたようなのだ。汗。
人生の大きな賭け
競馬や競輪などの賭け事をしない私なのだが、実は人生においていくつもの賭けをして生きている!ということに気づく。
若い頃はこの”栄養至上主義”にベットしていたのだ。
正解はわからないのだが、たぶんこれが正しいんだろうというものに賭けて行動している。
この賭けは競馬のレースの勝敗よりも大金が懸っている、知らぬ間に、笑。
それでいてその賭けの勝敗は、死ぬ間際になってもわからないものもあるのだろう。
それでも後悔しないように賭けに勝つことを目指しているようなものだ。
世の中、ホントの答えがわからないものばかりだから、自分がこうかもしれない、と思うものにベットして生きるしかない。
自分が少しでも確率が高いと思われる方に賭ける。
今、LPSのことから言えるのは、健康である確率が高まる方向は、野菜をできるだけそのまま食べるということだ。
もう少し広く見ると肉や魚なども含めた自然のものを食べる。
自然を食べると現代の栄養学ではまだわかっていない未知の栄養素も同時にいただけているということになる、これは間違いないように思う。
人工のものは未知の栄養素を意識できない上、含まれる可能性が低くなるから。
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この正月、たんまり飲んだ翌日の朝。
酷い二日酔いの布団の中で、ふと疑問が浮かんだ。
アルコールがそんなに体に悪いものなのだろうか?
アルコールは数千万年前からあって人間が体に入れてきたものだ。
それに比べてこれまで体に入れたことのない新しい物質(人間が近年になって造ったモノやこれまで人間が体内に入れなかったモノ)の方が、よっぽど体に馴染まないのではないだろうか?
新しい物質とは、例えば砂糖(精製糖)、そして精製塩、石油から造られる薬、などなど。
例えば砂糖は、血糖値をグンと上げて、慌ててインシュリンを出さないとならないから想定外の負荷が体にかかる。
そうだ!ならばやはり古くから体に入れてきたモノ(自然のモノ)をできるだけ口に入れるようにしよう!
そうすることが健康確率を高めるはずだ!
二日酔いに苦しむこの後に及んでも、自分の好きなアルコールを正当化し、アルコールにベットし続ける自分がいる・・・酷笑。
何とも懲りない人間だ、と自分に呆れる。
そして、「古くからのものを口にしよう!」というアルコールへのベットを含むものが、2025年、一発目の誓いになったことに気づく。
残念ながら、今年も私らしい年始めになってしまった。汗。
UnsplashのYuri Shirotaが撮影した写真
【著者プロフィール】
RYO SASAKI
あけましておめでとうございます!
今年も懲りない者の話で始まってしまいましたが、今年もお付き合いいただければ幸いです。
工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。
現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。
ブログ「日々是湧日」
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