田中 新吾

思想の最適の容れ物(言葉)は、ただ一つしかない。

タナカ シンゴ

以前「思想」とは、自分の「思い」と、他の何かへの「想い」で「肉体が滅びても時代を超えて残る概念」だと聴いたことがある。

例えば、シャネル。

「女性を解放したい」

その気持ちは今も生き続け、価値を出し続けている。

例えば、リクルート。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

創業者 江副浩正さんの言葉で、実はリクルート事件後の1989年に公式文書からは消えているそうなのだが、今でも多くのビジネスマンが口にしているため気づきにくい。

他者や社会など、他の何かへの想いがなければ、その「おもい」は思想とは呼べない。

シャネルの場合、それが「女性」であり、リクルートの場合、それが「機会」に該当している。

少し話は逸れるが、「想う」は「木に目に心」と書く。

あまりに日常遣いでスルーしがちだが、「想う」という字は、山にある木々を目にした時に生まれた気持ちを表している、と捉えることもできる。

こう考えると、誰かを「おもう」よりも、自然を「おもう」ことが「想う」の起源なのかもしれない。

そして更に、想うは、日本の暮らしの源流が「山」であることを教えてくれる言葉と捉えることもできる。

習慣が変わろうとも、過去から今まで、使われ続けている言葉というのは、本質的なことを簡潔に伝えているから凄い。

冒頭の「思想」の話に戻る。

「国家」は「国旗」を求め、「怨霊」は「妖怪」を求める。

そして、

「企業やブランド」が「シンボル」を求めるように、「思想」は「形」を求める。

それは何も、分かりやすいロゴマークのようなものだけではない。

企業のスローガンやブランドメッセージやネーミングのような「言葉」も形のうちの一つである。

例えば、ロレアルのスローガン。

Because you’re worth it. 

「あなたには価値があるから」

You’re Worth It(あなたにはその価値があるから)、と言われて嫌な気になる人はいない。

女性が化粧をするのは、自分を美しく見せることによって、多くの人から望まれる、魅力的な「価値のある」人間だと実感したいからである。

ロレアルはそのことを十分に理解している。

女性を想う思想が、「言葉」という形になって表出しているのだ。

あの谷崎潤一郎は「言葉は思想の容れ物」だと遺している。

同時に、彼は「最適な言葉はただ一つしかない」とも言った。

要は、思想があっても、容れ物が悪ければいつしか消えてしまう。

思想というものは儚く、思想を残すのはとても困難なことだというのだ。

それは、ある意味で修行のようなことなのかもしれない。

こう考えると、人生とは「思想の容れ物を探しては入れを繰り返す時間」と捉えることもできそうである。

村上春樹の著作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の中に「ル・マル・デュ・ペイ」という聞き慣れない言葉が登場する。

「Le Mal du Pays フランス語です。

一般的にはホームシックとかメランコリーといった意味で使われますが、

もっと詳しく言えば、

『田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ』。

正確に翻訳するのはむずかしい言葉です」

私もこれまで「田園風景を見た時に、理由のない哀しみ」のようなものを感じることがあったが、「ル・マル・デュ・ペイ」という言葉を知らなかったため「ホームシック」あるいは「メランコリー」という言葉を使う他なかった。

しかし正確には、私は田園風景の中で育ったわけではないため「ホームシック」を用いるのは適当ではなく、「メランコリー」を用いることにも違和感があった。

だからこそ「ル・マル・デュ・ペイ」という言葉の存在を発見した時は、青天の霹靂と言わんばかりのインパクトを受けた。

「思想の容れ物として、最適な言葉はただ一つしかない」と谷崎潤一郎は言ったが、「田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ」にさえも「最適な容れ物」は存在したのだ。

私はネーミングの仕事をしていると、谷崎潤一郎の「思想の最適の容れ物(言葉)はただ一つしかない」をつくづく実感する。

顧客の要望をふまえ、いくつかのネーミングを提案をさせていただくわけだが、自分の心の中では「これしかない」というものが必ずあり、

「これしかない」に大体決定するのだから驚くばかりだ。

そして、その決定の瞬間に立ち会う度に、

思想の最適の容れ物(言葉)はただ一つしかない

はリマインドされ私の中に深く刻まれていっていく。

今後もこの考え方を胸に、仕事にあたっていきたい。

UnsplashJouwen Wangが撮影した写真

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

この前久々に高速バスに乗ったんですが、12時間も乗っていると足の血流が本当に悪くなることを実感しました。

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