田中 新吾

「人は名前を付けることで、新しい概念について向き合い、ちゃんと考察できるようになる」という確信がさらに強まった。

タナカ シンゴ

人は名前を付けることで、新しい概念について向き合い、ちゃんと考察できるようになる。

これは私が今日までの仕事人生を通して得てきた確信の一つである。

それゆえ、クライアントワークでは当然のことながら、個人的に行うプロジェクトでも名前を生み出すことにこだわってきた。

参照:やりたいと思ったことをやる時に採用している「プロジェクトデザイン思考」についての話。

そして最近になってこの確信がさらに強まるウルトラ刺激的な経験をした。

ということで今回はこの経験について書いてみたい。

北海道浦河町べてるの家の見学に行ってきた

つい先日のことだ。

私は運営に携わっているコミュニティの企画で、北海道浦河町にある「べてるの家」というところに行ってきた。

福祉・医療の分野にいる人であれば知っている人も多いだろう。

べてるの家は、1984年に過疎化の進む浦河町で「精神障がいという苦労を抱えた人たち」が「町のためにできることはないか?」という考えから生まれた地域活動拠点。

そこでは100名以上の精神障がいを抱えた方々が、町のためにできることに日々取り組んでいる。

例えば、浦河の特産品である日高昆布を使った商品製造と販売。

町内のイチゴ農家さんの会社と連携した、浦河の夏いちごのヘタ取り作業と加工品の販売。

藁を積み、土を塗る、人にも地球にも優しいストローベイルという建築方法で改修された町中カフェの運営。

べてるの活動の見学を希望する方々の受け入れとご案内。

などなど、様々な活動が日々行われているのだ。

現地に行くと本当に驚くのが、そのどれもが精神障害という苦労を抱えた方々(以下、べてるの人たち)が主体となっている点である。

そして、そんなべてるの人たちの活動は数々の「自分を助けるプログラム」と呼ばれる仕組みによって支えられている。

例えば、朝ミーティング。

始業前に必ず行われる全体ミーティングで、一人一人にマイクが回され、その日の体調、気分、働く時間、仕事内容、体温などを共有し合う。

「今日はざわざわしています」

「今日は平和です」

「今日の気分はよくないです」

私も朝ミーティングに参加させてもらったが、自分の状況を伝え、それを周囲に知っておいてもらうことがべてるの人たちを助けているのだ。

当事者が自分で病名を考える

そして、遥かに大きな発見があったのが自分を助けるプログラムの代表格でもある「当事者研究」に参加させてもらった時だった。

当事者研究とは、べてるの人たちが、自分の苦労を持ち寄って、背景にある事柄や経験、意味などを分析して、自分にあった解決方法、つまり、自分の助け方や理解を見つけ出す研究活動のことである。

例えば、参加させてもらった日の当事者研究では、「飲め飲め幻聴さん」という苦労を抱える工藤さん(仮名)からの研究報告があった。

工藤さん(仮名)は、「飲め飲め幻聴さん」という苦労を抱えていて「飲んでしまえ」という幻聴によって様々なものを飲んでしまうという。

ビニール、ライター、カラスの羽、タバコ、家の鍵など。

その日の工藤さん(仮名)も、最近ライターを4本飲んで入院してしまったと話をしていた。

聞いていると私の胸も苦しくなる飲み物ばかりで「飲め飲め幻聴さん」の力がとてつもないことを痛感した。

しかし、話を続けて聞いているとそんな強力な力をもった「飲め飲め幻聴さん」とも、なんとか折り合いをつけて付き合っていこうとしていることが分かってきたのだ。

「ライターを飲んでしまう自分はダメ」

「タバコを飲んでしまう自分はダメ」

工藤さん(仮名)の自己分析によれば、こうやってダメを増やしていくと、余計に飲もうとする幻聴さんが増えてしまうため「自分を褒める作戦」を今実行しているという話だった。

工藤さん(仮名)意外のべてるの人の話を聞いても、

私は「神様幻聴統合失調症」で、今の研究テーマは〜〜です。

私は「全力疾走あわてるタイプ」で、今の研究テーマは〜〜です。

私は「いい人仮面危なくなると逃げるタイプ」で、今の研究テーマは〜〜です。

という具合に、一人一人が自分の苦労に対して「名前」を持ち、そこから逃げずに向き合い研究をしていたのだ。

そして、このように自分の苦労に病名をつけることを、べてるでは「自己病名」と呼んでいる。

お医者さんなどの専門家が病名をつけるのではなく、当事者が自分で病名を考えるから「自己病名」である。

人は名前を付けることで、新しい概念に向き合い、ちゃんと考察できるようになる

これが私にとって遥かに大きな発見となったのだ。

どういうことか?

この記事の冒頭に「人は名前を付けることで、新しい概念に向き合い、ちゃんと考察できるようになる。」という確信があると私は書いた。

正直言えば、ここでいう「人は」の中に「精神障害という苦労を抱えた人たち」は入っていなかった。

私のこれまでの人生経験の中にはそういった人たちは居なかったからだ。

ところが、今回べてるの人たちの、リアルな当事者研究を見てよく分かった。

「精神障害という苦労を抱えた人たち」でさえも、人は名前を付けることで、新しい概念に向き合い、ちゃんと考察できるようになるのだ。

思うに、これがもしもお医者さんから「あなたの病名は〜〜です」と言われていたとしたら、同じような状況には恐らくなっていない。

周囲の力も借りながら納得がいくまで考えて、自分が「これだ!」と思う名前を生み出すからこそなのだろう。

既にご存知の人もいるとは思うが「自己病名」の他にも、べてるの中には様々な独自の「名前」が付けられている。

お客さん=人の行動に否定的な影響を与える認知や思考のこと

爆発=自分自身との関係や人間関係に行き詰まったりして、ストレスが溜まった時に人やものに感情をぶつけてしまうこと

バラバラorぱぴぷぺぽ=調子が悪い状態を表現したもの

順調=べてるのみんなは毎日生きているだけで病気もでるし、苦労も尽きない。しかしそこから逃れるのではなく、その苦労をむしろ予測して予定通りその悩みや苦労に出会った時に「それで順調!」と言う

これらの「名前」も、べてるの人たちを助けていると今回の見学を通して強く感じた。

あらためて今思う。

人は名前を付けることで、新しい概念について向き合い、ちゃんと考察できるようになるのだ。

UnsplashJon Tysonが撮影した写真

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

この他にも学びが多く、このタイミングでべてるの家に行くことができ本当によかったです。

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