田中 新吾

昔のことで思い出したいことを鮮明に思い出すことは、一種の快楽という話。

以前の記事(*1)でも書いたが「狩りの思考法」は、私にとってホームラン級のアタリ本だ。

その中で著者の角幡氏がこんなことを述べている箇所がある。

人は誰でもおのれの過去の足跡と経験をつうじて、次はこれをやりたい、というある種の〈思いつき〉をいだく。

その思いつきは、その人の個人的な歴史の歩みのなかで生起するものである以上、それを実行してゆくことで固有の未来が開け、人は自分自身になることができる。

(中略)

旅をして新たに開ける道をゆくことで、私の人生の固有度はさらに高まり、私は私になることができる。

逆に、過去と未来が凝縮したこの思いつきを実行しなければ、私の人生は、それをやらなかった人生に頽落し、強烈な負い目をかかえることになる。

だから、それから逃れられない。

思いついたのにそれをやらないという選択肢はありえないのである。

探検だろうと何だろうと、それが人が何かを〈やる〉理由だ、と私は考えている。

個人的に思うに、人が何かをやる理由としてこれほどフィットするものはない。

「人生の固有度」というワーディングも私の琴線に触れた。

角幡氏のいう「人はやりたいと思ったことをやることで人生の固有度を高めていく」は本当にその通りだと思う。

例えば、

「ゲーム制作に携わりたい」

「海外に住みたい」

「起業をしたい」

「トライアスロンの大会に出てみたい」

「月に50本Youtubeを配信したい」

「富士山に登りたい」

「宇宙にいきたい」

といったような欲望を抱く人がいたとすれば。

いずれにしても、やる根底の理由は共通していて、実行していくことで固有の未来を開き自分自身になるためということである。


そしてかくいう私は、最近になって自分の内にある欲望の一つに「昔のことで思い出したいことを鮮明に思い出したい」があることをハッキリと自覚した。

なぜこの欲望をハッキリと自覚したのか?

一体なぜこの欲望がはっきりと自覚されてきたのか?

実はこれまでまったく自覚されていなかったわけではなく、なんとなくは自覚してきたところはあった。

このなんとなくの自覚に影響を与えていたであろう要因を3つあげてみたい。

まず一つ目だが、私は2020年に新型感染症が蔓延しはじめた頃、スタジオジブリの石井朋彦さんの出版記念オンライントークイベントに参加したことがあった。

このイベントで司会者の方が石井さんに対して「いいクリエイターの条件はなんだと考えていますか?」という質問をされた。

すると「昔のことをよく覚えているクリエイターはいいクリエイターだと思います」と石井さんは答えた。

(この記事の本題ではないので割愛するが)その理由を聞いて納得した私は、この当時からいいクリエイターの条件として石井さんの考え方を採用させてもらっている。

そして同時に「今まで以上に昔のことをよく覚えておこう」と強く思うようになった。

二つめは私が好きなライターの桃野さんの影響だ。

桃野さんのことを知ったのも2020年初頭だった。

現在、朝日新聞GLOBEや、Books&Appsというビジネスメディアで活躍しているライターさんで、ご自身でも自衛隊専門のWebメディアも運営されている。

ご存知の方も多いと思うが、桃野さんの書く記事(*2)は毎回影響力がとてつもない。

なぜこんなにも影響力があるのか?

一つ目の話ともリンクするのだが、思うに、鮮明に覚えている過去の体験を示していくことで、その体験を読者に追体験させ、追体験の中から桃野さん自身が学んだビジネスの教訓を届けることができているからではないだろうか?

その体験はいずれもなかなかできないような貴重なもので、それと高度な知識が融合し、唯一無二のオリジナリティが生まれているからではないだろうか?

私は少なくともそう考えると納得がいく。

そして、桃野さんの記事を摂取することを通しても「今まで以上に昔のことをよく覚えておこう。」という気持ちが強まっていった。

最後に「昔自分がした体験を丁寧に示していくと読まれる記事になる」という実感を持つことができたことが挙げられる。

私はこれまで、一つ目と二つ目のことを特に意識して本メディア(RANGER)の中で昔の体験談をベースにした記事を実際に書いてきた。

最近書いた下の記事(*3)も、過去のメモを引っ張り出して記憶を再生し、自分の体験談を出来るかぎり丁寧に示すことを意識して書いたものだ。

昨年中頃に知人のRさんからこんな質問を受けたことがあった。

Rさん「田中さんは仕事とプライベートをどのようなものとして考えていますか?」

この質問をきっかけにRさんと下のようなやりとりをした。

私「仕事とプライベートをどのようなものとして考えているか・・・・ですか。現時点での考えになりますが大丈夫ですか?」

Rさん「もちろんです。」

私「そうですね・・・。先に結論から言うと、仕事はプライベートを愉しむためのもので、プライベートは仕事を愉しむもの、だと考えてます。」

Rさん「もう少し詳しく教えてもらえますか??」

私「はい。仕事とプライベートを分けて考える方もいると思うのですが、僕の場合は分けて考えるようなことはしてません。というか、なんかできないんです・・・」

私「例えば、仕事を通して学んだ努力の仕方はプライベートで何かをやる際にも使っているし、いい人間関係の築き方も多くを仕事の中から学び、それをプライベートにも活用しています。」

私「逆もあって、プライベートの時間帯でこれでもかと言わんばかりに自分の体をしっかり休めることで翌日の仕事が捗ったり、プライベートで体験したことがアイデアの源泉になっていい企画が生まれることも本当に多いです。」

私「だから、仕事はプライベートを愉しむためのもので、プライベートは仕事を愉しむためのものなんですよね。それで、両者の活動を通じて、向かう先は豊かな人生を送ることという感じです。ちょっと恥ずかしいんですが・・・・」

Rさん「いやいや、具体的なところまで教えてくださりとてもありがたいです。」

私「ワークライフバランスっていう言葉あるじゃないですか?」

Rさん「はい。」

私「あれが実はあんまりしっくりきてなくて今までも口にしたことってほとんどないんですよね。仕事とプライベートが繋がっていない感じがして、自分の考え方とはどうもズレるんですよね・・・」

Rさん「言われてみれば・・・」

私「仕事もプライベートも一緒くたにして考える方が個人的にはなんか自分を動かしやすいんです。今の所はなんですが・・・。少しお役にたてましたでしょうか?」

Rさん「とても参考になりました。ありがとうございます!」

タイトルがフォロワーさんの興味と合致したのか、LinkedInでこの記事をシェアしたところ多くの反応をいただくことができた。

この他にも過去に執筆してきた記事を振り返れば、自分がした体験を丁寧に示して書いた記事についてはいまだによく読まれる傾向がある。

今現在私が記事を書く時に最も好む書き方と言ってもいいかもしれない。

以上の3つが「昔のことで思い出したいことを鮮明に思い出したい」という欲望を、なんとなく私に自覚させてきた主な要因だと分析している。

昔のことを鮮明に思い出すことが、今の自分にとっては一種の快楽になっている

そして、このなんとなくの自覚がハッキリするのに大きな影響を与えたのが現在習慣となっている「日記」だ。

今日まで日記を書き続けていく中での発見はいくつもあった。

中でも私にとって特に大きな発見となったのが「昔のことで思い出したいことを鮮明に思い出すのはとても気持ちがいい」ということである。

日記を書いている人はおそらく実感としてあると思うが、昨日のことを今日の自分は本当に覚えていない。

食べたもの、行った場所、その時間に何をしていたのか、翌日にはほとんど忘れてしまっている。

しかし、これは私たちの脳からすれば当然のこと。

なぜなら、脳の機能の一つである「記憶」の重要な任務は、体験したことを再生することではなく、私たちを生き延びさせることだからだ。

ゆえに、生き延びるために必要な体験は情報として記憶されるが、それに該当しない情報はどんどん忘れていく。

私たちが意識で「後から思い出したい」と思った体験でも、脳にとってそれが生き延びるために必要ではない情報であれば意識に関係なく不要な情報とされてしまう。

しかしその一方で、した体験を事細かく詳細に記録しておけば50年先でもその日のことをありありと思い出すことができる。

これは日記を習慣的に書くようになったことで実感として持てるようになったことだ。

そして更に、過去のことで思い出したいことを鮮明に思い出すことは、自分にとっては気持ちがいい快楽の一種であることにも気付いた。

詳細にとられた記録を読み返すとその当時のことが再生されていく。

そして、再生されていくことが鮮明であればあるほど気持ちがいいのだ。

人の名前がすぐに出てこない時に、頑張って頑張って思い出した時に快感を得ることがあるが、原理的にはそれとおそらく同じだろう。

そして、この気持ちよさに気づいたことがきっかけで、ぼんやりとあった「昔のことで思い出したいことを鮮明に思い出したい」という欲求が私の中でハッキリとしてきたのだった。

私たちは脳だけのために生きているのではない

繰り返しにはなるが、脳は生き延びるために必要な情報を優先して記憶し、そうでない情報はどんどん忘れ去るようにできている。

しかし、自分が思い出したいと思う体験のほとんどは脳にとってはどうでもよく、忘れられていく対象となるものばかりだ。

人から聞いたどんなに素晴らしい話や、本で読んだどんなに素晴らしい知見も、1日立てばほとんどのことを脳は忘れてしまう。

この仕組みは残念ながらどうあがいても変えようがない。

だからこそ「昔のことで思い出したいことをできるかぎり鮮明に思い出したい」という欲求がハッキリとした私は、日記を書く、読書メモを作る、ネタ帳を作る、ブログを書くなどして、昔のことをできるかぎり鮮明に再生できるように記録しておくことに必死だ。

私にとって「よく生きること」につながること、というのは大きい。

以前、スタジオジブリの鈴木敏夫さんがこんなことを言っていた。

便利な時代だからこそ、自分の記憶をどれだけ引っ張りだせるか。それを身に付けた人は強い。だから時間をかけても思い出す。

宮崎さんもそうらしく、ジブリは記憶を大切にするというのだ。

脳からしてみれば、生存のために必要な情報以外は本当にどうでもいいことなのだろう。

しかし、私たちは脳だけのために生きているのではない。

物凄い早さで失われていく過去の体験の中から、思い出したいことを思い出すことには、よく生きるためになることがまだまだ秘められていそうな気が私はしている。

Photo by Laura Fuhrman on Unsplash

*1:「狩りの思考法」は、これからの時代の生き方を考えるのにきっと役に立つと思う。

*2:小学校のとき「作戦を決めませんか?」と提案したら先生に「卑怯な作戦を考えるな!」と言われた話。

*3:「ワークライフインテグレーション」は脳からしても理にかなっている?

【著者プロフィール】

田中 新吾

この度、運営中の「RANGER」のタイプフェイス(書体)が、日本グラフィックデザイン協会が発行する年鑑『Graphic Design in Japan 2022』に入選、掲載されることになりました。

ロゴの部門は入選率が低く難関と言われているそうですが、部門賞であるJAGDA賞にもノミネートされています。

ということで、引き続き更新を頑張っていきたいと思う所存です。

中小企業、中小自治体、個人のプロジェクトサクセスを支援しています。人生のミッションは「プロジェクトという挑戦」を応援すること。座右の銘はLife is Projects。自称ネーミングマニア。

詳しいプロフィールはHTML名刺をご覧ください。

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