田中 新吾

「下調べ」ほど強力な「コミュニケーションツール」はない、という話。

タナカ シンゴ

人は自分の「気持ちや意思」を相手に伝えるために、様々な「コミュニケーションツール」を駆使する。

代表的なものは「言葉」だが、映像を使う人もいれば、デザインを使う人もいる。

そういったものの合わせ技も見慣れたものだ。

人によっても、シーンによっても、時代によってもそれは違う。

それぞれだから面白い。

そして、他者のそれを知ることで自分のコミュニケーションレベルは着実に「進歩」していく。

知人との話の中であらためてそう思うことがあった。

「下調べ」が、様々な重役達とのコミュニケーションを円滑にする

私の知人に一部上場のIT企業で、若くして「経営戦略室」に抜擢された女性がいる。

一緒に仕事をしたことがあるわけではないため、その実績から「すごいなー」「できるなー」と思っていたのだが、その理由が最近少しだけリアルに分かった。

彼女は、その役割ゆえ様々な「重役」に会うという。

「株主である投資会社社長」

「M&A先の役員」

「新規事業提携先の社長」

「メディア関係の上層部」

普通のサラリーマンが「会いたい」と思って会えるようなレベルの人たちではない。

少数精鋭の部署というのもあるようだが、彼女は、M&A候補先企業の企画調査、新規事業の企画推進、重要な契約関連業務、プレスリリースの企画、メディアリレーション、手土産選びなど、なんでもやるそうだ。

「百人力」とは、まさにこういう人を指すためにある言葉なのだろう。

そんな彼女が、うえのような方々に会う前に必ずやっていることがあるという。

それは「下調べ」だ。

コーポレートサイトなどを見て数字や置かれている状況を正確に把握し、外部のwebメディアやSNSに情報が出ていないかどうか隈なくチェックをする。

ビジネスパーソンであればここまではやっている人も少なくない。

しかし、彼女はさらに調べる。

会社の重役ともなれば自著を出していたり、会社がモデルとなった小説などもあることから、そういった「文献」をあたり読み込むという。

彼女いわく、

「webの記事は第三者がその人やその会社のことを語っていて、その第三者の想いが乗ってしまっている。だからその人のことをストレートにかつ深く知るためには本が一番優れている」

「それに、その人や会社に関する本を「読みました!」と伝えることは、相手に関心があることを一番ダイレクトに伝えられる手段でもある」

つまり彼女は、会う前に徹底的に「下調べ」をし、それを使って重役達と意思や気持ちを通わせているのだ。

「下調べ」が、彼女にとっての「コミュニケーションツール」になっている。

この「本を読む」という「下調べ」は、「部長」から教わったことらしいが、人から教わったことを忠実にやることは結構難しい。

素直に吸収して、それを習慣にしてしまうあたりからも、彼女の能力の高さが窺い知れた。

優れたビジネスパーソンは皆「下調べ」に抜かりがない

ビジネスインテリジェンスの最高峰と言われる「CIA諜報員」にも「下調べ」は染み付いている。

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諜報員はいわゆる商品ではなく「国家に対する裏切り」という商品を売る。

商談成立に失敗すれば、諜報員は殺害されたり、異国の刑務所で余生を送る末路を辿りかねない。

国家を裏切ったことが発覚すれば、反逆罪に問われる。

それを相手に売りつけようとするのだから当然、一筋縄ではいかない。

おまけに、反逆が発覚すれば、当人は容赦のない懲罰を受ける。

つまり、諜報員はこの世に数多とあるビジネスの中でも「最高難度」の仕事なのだ。

そのCIA諜報員という仕事で、優れた実績を残した諜報員におくられる賞を約10年の在職中に2度も受賞したジェイソン・ハンソンも「下調べ」の重要性を述べている。

スパイは、ターゲットに関する情報を下調べする宿題を必ずすませておく

出たとこ勝負、ぶっつけ本番で挑むことなどないのだ。

最高の成果をあげるためには、行動を起こす前にできるだけ情報を収集し、武装をしておく必要がある。

CIAでの訓練のおかげで「徹底した下調べをおこない、辛抱強く待ってから人間関係を築け」が骨の隋まで染み込んでいるそうだ。

コンテンツマーケティング界隈で世界的に有名なアンディー・クレストディナも、したの記事の中で、優れたコンテンツを生み出す要件の一つに「調査」を挙げている。

参照:最良のコンテンツマーケティング戦略とは? ビジネス成果に貢献する5つのTips

そして、元電通の田中泰延さんも著作の中で、ライターの仕事は「調べることが9割」と述べる。

書くという行為において最も重要なのはファクトである。

ライターの仕事はまず「調べる」ことから始める。そして調べた9割を棄て、残った1割を書いた中の1割にやっと「筆者はこう思う」と書く。

つまり、ライターの考えなど全体の1%以下でよいし、その1%以下を伝えるためにあとの99%以上が要る。
物書きは調べることが9割9分5厘6毛」なのである。

たとえば、テレビ番組で参考になるのは『NHKスペシャル』だ。

あの番組では、徹底して調べた事実、そしていままで明らかになっていなかった新事実が提示され、作り手の主義主張を言葉にすることはない。

ファクトを並べることで、番組を観た人が考える主体になれる。

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それから、スタジオジブリの宮崎駿監督は「半径3メートル以内」の人や物や事をしょっちゅう「観察」をしているという話も有名だ。

宮崎監督は、観察から得た情報源の中でも企画につながるのは「友人の話」と「日常のスタッフとの何気ない会話」だというから面白い。

企画は半径3メートル以内にいっぱい転がっている」が監督の口癖だ。

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この「観察」もまさしく「下調べ」である。

このように優れたビジネスパーソンは皆「下調べ」に抜かりがない。

そして、私の知人のようにその下調べを存分に「コミュニケーション」に活かしているのだろう。

「下調べ」が「コミュニケーションツール」として強力だと言える理由

思うに、その理由は3つある。

一つ目は「下調べ」が「相手との共通テキストを増やす」ことと同一だからだ。

例えば、

「同僚」

「出身地が同じ」

「ワインが好き」

「村上春樹が好き」

「子供の頃の夢はパイロットだった」

「日本史は一番、戦国時代が好き」

自分が持っているテキストと相手が持っているテキストに共通点が多ければ多いほど、コミュニケーションはスムーズにいく。

つまり「共通テキストの多さ」は、人と人とのコミュニケーションで極めて重要ファクターなのだ。

以前、ライフネット生命創業者の出口治明さんもKDDIのTVCMをたとえに「その重要性」を述べていた。

出口:これは簡単で、人間と人間のコミュニケーションは、基本的には共通テキストの数の問題ですよね。

ライフネット生命はKDDIさんと業務提携しています。KDDIさんのテレビコマーシャルは、浦島太郎、金太郎、桃太郎ですよね。おもしろいでしょう?

なんでおもしろいかと言えば、僕らが浦島太郎も金太郎も桃太郎も知っているからですよね。

あれ、外国人に見せたらぜんぜんおもしろくないと思いますよ。

これが共通テキストの問題です。

人間が話ができるのは、共通テキストの数によるということが、ほぼ解明されています。

だから昔、(ヘンリー・アルフレッド・)キッシンジャーが言ったことですが、ある国の人と仲良くなりたければ、その国の地理や歴史をきちんと勉強したら共通テキストが増えるわけですね。

浦島太郎の物語は、共通テキストの問題を象徴しています。帰ってきたら、友達が誰もいない。

同世代の知っている人が誰もいないということは、同じ日本語を話していても、共通テキストがないんですよね。

そうしたら、コミュニケーションが成り立たないですよね。

参考:グローバルに人とつながるには?ライフネット出口会長「コミュニケーションは“共通テキストの数”」

「下調べ」は相手との間に「共通テキスト」をつくるという点で、コミュニケーションにピンポイントに効いてくる。

お互いの共通テキストができれば「気持ちや意思」はとても通いやすい。

二つ目は「下調べ」をするコトで「相手の関心事に関心を持つことができる」からだ。

「相手の関心事に関心を持つ」は、「相手と良いコミュニケーションをするための核となる技術」だ。

相手の関心事に関心を持つからこそ、「相手が喜ぶ(言葉などの)プレゼント」を渡すことができる。

相手の関心事に関心を持つためには、相手のことを知らなければならない。

そこで「下調べ」が効いてくる。

下調べをすればするほど、相手が何に関心を持っているのかが分かってくる。

そこではじめて、相手と「話のピント」が合うのだ。

これは、DeNA創業者の南場智子さんのいう「他人とか自分のことをあまり意識せず、コトに向かうように」という話ともつながる部分がある。

人とか、それから自分に向いすぎずに、仕事に向かう。コトに向かう。

コトを成すことに精一杯取り組む。そうするといろいろなものがついてくるのかな、と感じたりします。

参照:DeNA南場智子さんの講演「ことに向かう力」がいい話だった

そして、三つ目は「熱量は相手に伝わる」からだ。

コミュニケーションの技術は飛躍的に進歩した。

しかし「人は感情で動く」という基本は今も昔もずっと変わっていない。

充実したデータやファクトも、合理的な説明も、饒舌で滑らかな話術も結局、「感情」には勝てない。

しかし、「熱量」には相手の感情を動かす力がある。

そしてそれが「異常」であればあるほど強い。

例えば。

最近、2018年にサンガリアの強炭酸に寄せられたレビューが「もはや論文の域に達している」とTwitterで再注目されていた。

これは、サンガリア、ウィルキンソン、ヴォックスなど各メーカーの強炭酸水をそれぞれまとめ買いし、炭酸の強さや抜け具合を2カ月以上かけて行った調査をもとに書かれた論文のようなレビューだ。

そして、レビューは2,000人以上が「役に立った」と大絶賛している。

レビュアーの「異常な熱量」が大きな話題を作ったのだ。

B2Bのweb制作に強い株式会社ベイジの枌谷さんは「異常性が熱量をつくり、熱量は相手に伝わる」という。

枌谷:コンテンツには熱量が大事、というのは色々なところで色々な人が言いますが、熱量って実態がなくて、基準もよく分からないですよね。

で、私なりに熱量の高い文章の正体をずっと考えてきたのですが、ここ最近至った結論は「異常性」です。

例えば、異常に情報量が多いとか、異常に体系立ってるとか、異常に分析の視点が多いとか、異常に深堀して語っているとか。

あるいは「普通はこんなの無料で公開しないよね?」というコンテンツを公開しちゃうとか。

平均を明らかに超える異常性があったときに、人は熱量があるというふうに捉えるんだと思うんです。

確かに異常性があれば、それを好むかどうかはともかく、少なくとも書き手の一生懸命さは伝わりますよね。

参照:ベイジ枌谷氏に聞く!年間400件超のお問い合わせを獲得しているWeb制作会社が実践しているマーケティングとは?

つまり、「下調べ」をすればするほど、そこに「異常性」が生まれ、それは「熱量」になって「相手に伝わる」ということだ。

「下調べ」というのは、字面からは到底「強力さ」は感じられない。

だからなのか、後回しにというか、適当にされがちなことは多い。

しかし実際は、コミュニケーションツールとして強力に働き、重要な情報を知れば知るほどその働きの力はより増す。

植物の根っこのように、地味に見えて実は「最も役に立つ」のだ。

そして、やりさえすれば「誰でも使うことができる」ことから「万能なコミュニケーションツール」だと言える。

当然、「やりさえすれば」という条件付きの話なのだが。

Photo by Aleks Dorohovich on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

仕事の熱意は「準備の量」に現れるものだと思います。いくら熱意があっても「私は熱意があります!」と言えば伝わるものでもないですよね。

プロジェクトデザイナー/企業、自治体のプロジェクトサクセスを支援しています/ブログメディア(http://ranger.blog)の運営者/過去の知識、経験、価値観などが蓄積された考え方や、ある状況に対して考え方を使って辿りついた自分なりの答えを発信/個人のプロジェクトもNEWD(http://ranger.blog/newd/)で支援

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