量子コンピューターをまねる頭の使い方「重なり合った状態におく」

ある若者とのやりとりが印象に残っている。
それは、何がキッカケだったか忘れたが、「私自身にリーダーたる資質がないことがわかった」と私が切り出したことに始まる。
この言葉を口にしたのは、ちょうど「その言動のどれをとってもリーダー的に見える、とある人」に私が出会ったタイミングだったからだ。
その人は経営者だから仕事でもリーダーと言えるのだが、町内会などでも住民みんなの快適な生活のため良かれと感じることを行動してる、と一切気取ることなく話す。
その様がその人の欲求が自然ににじみ出ているように感じられた。
そのにじみ出るものによって、周りからリーダーと認められるようになり、そんな人にとっては、気づいたらリーダーになっていた、という感覚が強いのかもしれない。
その人と自分の違いをまざまざと感じた。
幼い時分から運動神経がよい子が、後にプロスポーツ選手になるように、絶対音感が備わって生まれた子が、後に音楽家になるように、リーダーたる資質というのも子供の頃から備わっていて、その資質は学習や経験だけでできるものではない、そんな風にも感じる。
かの有名なジャンヌ・ダルクが、フランス軍の指揮を取ったのが、確か17歳だったと思う。
「神の声を聞いた」と言ったらしいが、リーダーの役割を与えたものだけに神は指令するのかもしれない。
それはともかくとして、私はいい歳ではあるから、頑張ればリーダーらしい振る舞いはできるのかもしれないし、周りの年功序列的気遣いによって、場面場面でリーダーのポストを開けてくれて、それらしく振る舞わさせてもらえているにしても、それは滲み出る資質とは明らかに違う、と言わざるをえないのだ・・・。汗笑。
今回は、この若者とのやりとりから始めてみる。
若者とのやりとり
私:「自分には元々リーダーの資質がないのよ。いくつになっても中からにじみ出てこない・・・。まあリーダーでなくてもそれなりでいいんだけど。笑。」
若者:「じゃあ、リーダー的な人にもう嫉妬なんてのはないんですか?」
私:「ないかなぁ、最近は・・・。(既に立派なリーダーになっている同級生に再会でもしたならば、嫉妬がゼロではないかもしれない、と心の中で思いながらも・・・)」
若者:「じゃあ、リーダー的な人を逆に小バカにするようなことはありますか?」
私:「(少し意表を突かれて)それもないなぁ。」
若者:「自分はどちらかと言うと小バカにしちゃうかなぁ〜って。」
私:「ほー!それはなんでなの?」
若者:「・・・(口ごもる)」
私:「必ず合理的な理由があるはず・・・。」
若者:「(少し考えて・・・)嫌なマウントを取ってくるリーダーが多いからかなあ・・・」
私は、なるほどと思った。
確かにこの感覚は自分にもあったが、敢えて見ないように自分の中に埋もれされていた感覚だった。
確かにこれは合理的な理由だ。
世の中にはリーダーになることに憧れて、リーダーになることを目的にしてリーダーになる人も多い。
リーダーという地位は概ね高給だし、権力を振るうことができるから。
権力を振るうこと、そして、マウントを取ることによってリーダーは安心し、快感を得るのだ。
世の中は高給や権力のためにリーダーになろうとする人で溢れているのかもしれないが、それとにじみ出るものとではまた別物なのだと感じる。
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後から振り返ると、この若者は私の話に興味を持ってくれて、厄介な質問にも面倒がらずにチャンと考えてくれて、言葉にしてくれた。
当たり前のことのようだが、何ともありがたいことだ。
このあと、このやりとりが自分の中で量子コンピュータにつながったのだから、なおさらだ。
量子コンピュータのしくみ
ここからは量子コンピュータのしくみの話になる。
しくみと言ってもここに上げるのは私の不完全な理解によるものであることを最初にお断りしておく。
量子コンピュータは、その計算の速さがスーパーコンピュータの一億倍とも言われる。
この計算の速さは、有名な二重スリット実験から説明できる、という。

出典:二重スリット実験
二重スリット実験では、物理学における物理量の最小単位である量子は、時に粒である性質を示し、時に波である性質を示す。
このことから、量子は粒と波の重なりあったものと考えられる。
それが観察することでどちらかに確定する。
この粒とか波とか確定しないという状態が量子コンピュータで重要ポイントになる。
これまでのコンピュータは、0と1のデジタル信号によって、0の場合、1の場合、00の場合、01の場合、11の場合・・・と場合分けされることで計算される。
量子コンピュータは、0(粒)と1(波)の両方が重なりあった状態で、無数の場合が瞬時に示されてそこから、条件によってふるい落としがされる、といった具合に計算がされ、結果が導かれる。
0と1の場合分けをひとつひとつするのに対して、0と1が重なっている状態が計算を速くする、ということらしい。
私の理解はここまでのもの。
かなり拙速だが、それでもピンとくるものがあった。
このしくみは、人の頭の使い方にも応用できるはずであると・・・。
頭の使い方に応用する
若者とのリーダーの話に戻る。
リーダー的人物に出会った時に、人の反応にはいくつかの場合がある。
まずは「嫉妬する」
そして私が強がった?悟った?その逆の「嫉妬しない」
更には、私が埋もれさせていた「小バカにする」
そして、その逆の「小バカにしない」
「嫉妬する」も「小バカにする」も一般的にはしてはならないことだ、とされているが、これを無理に抑制するのは不自然であって、これらのことが起こるのは、ある条件においては人が持つべき合理的な反応であって選択肢のひとつである。
これらがある条件下で適度に発動することで人は身を守っているわけで・・・。
このことを前提しつつ、これら「嫉妬する」「嫉妬しない」「小バカにする」「小バカにしない」という人の取りうるあらゆる選択肢をコンピュータの0、1、01、11に置き換えてみることにする。
人が様々な反応(言動)を選択する時に、これまでのコンピュータのように、0を考えて1 を考えて・・・、と順番にやっていくと判断が遅くなるから、量子コンピュータのように、0でもあり1でもある重なり合った状態、「嫉妬する」と「嫉妬しない」、あるいは「小バカにする」と「小バカにしない」が重なり合う状態、更には、「嫉妬する」と「小バカにする」が重なり合った状態、でいるのが判断が早くなり、条件によるふるい落としも早くなり、結果適切な反応になる。
こんな風に当てはめられるのではないか。
そして、これが今回の例に限らず、あらゆる人の言動、捉え方に当てはまるように思えてくるのだ。
長所は同時に短所であるという重なり、そして、正義は誰が見るかによって不正義になる、正義と不正義の重なり、プラスはマイナスに転じ、マイナスはプラスに転じる、というブラスとマイナスの重なり・・・。
頭の中を相反するものも含めて、重なり合った状態におくこと、これが今回、量子コンピュータのしくみをまねた頭の使い方である。
人とコンピュータは違うものではあるが・・・
ところで、今回の「嫉妬する」「小バカにする」について言えば、これらは感情によって瞬時に人に現れるものだ。
繰り返すが、この反応によって人は危険を避けるようにできているから。
ならば、量子コンピュータを真似なくても問題なく速いように思う・・・。
だがこの感情のままの場合は、「嫉妬をしない」「小バカにしない」という選択肢を通ることがないまま、時に過剰な偏った反応になってしまうことがある。
感情は速いが、過剰反応が出る。
そして人は、ひとつの選択を経験することで、そのだけの印象が強く残り、嫉妬が過剰になったり、小バカにすることだけに固執したりしてしまうものでもある。
これはよく言われる、ひとつの正解(常識)にこだわると柔軟な発想が出てこない、ということに重なる。
また、逆に特定の感情を抑制しても今度は発想が出てこない。
自分の中に湧き上がるすべての感情を自分の中に放出しながら、どれかだけにこだわることなく、すべての選択肢を一旦冷静に見渡す。
これが量子コンピュータのやっていることに当てはまるように思う。
もちろん人はコンピュータの容量には敵わないし、コンピュータを真似ることがナンセンスなようにも思うのだが、それでもこのような頭の使い方を多少なりともイメージできることは大切だ!と私の直感がささやく。
そう感じるのは、正解を穴埋めするという教育よろしく、私の中に正解というものを固定的に捉えるところがあって、複数の選択肢が重なった状態、に対して、曖昧さ、優柔不断というイメージを確定させていた。
そして更には、重なった状態なんてのは、あり得ないしあってはならない、という悪いイメージを確定させていたからなのだろうと思う。
重なった状態、そういう状態が物理的にも存在することがハッキリしたことで、私が確定させていたこの固定観念がまた外れることになった。
量子コンピュータのようにあらゆる選択肢(感情、言動)を否定することも抑制することもなく、自分の中に重なり合う状態でいること。
そこから都度柔軟に自由に選択すること。
これから心がけていきたいことだ。
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最後に、冒頭の「私はリーダーの資質がない」について、捉え直してみよう。
私が「リーダーの資質がない」というのも固定的なものではなくて、私はリーダーの資質が「ない」と「ある」との重なった状態なのだ。
それが時と場合によっては、あるいは、見方によって、つまり観察することで「リーダーの資質がない」と確定したり、「リーダーの資質がある」と確定したりする。
だから私が「リーダーの資質がある」と確定する時だってあるのだ!笑。
とりあえず「リーダー」というものへの未練は残したまま終わることにする。汗。
UnsplashのAnton Maksimov 5642.suが撮影した写真
【著者プロフィール】
RYO SASAKI
世の中はすべて重なり合った状態。
それを確定してはほどいて、確定してはほどいて・・・そのかりそめの連続なのかもしれません。
工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。
現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。
ブログ「日々是湧日」
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