色気とエロいを混ぜたくない。
今回は、色気とエロいを混ぜたくない。
最近思うことがあったので、今日はこの辺の話をしたいと思います。
色気とエロいは全然違うもの
僕は色気とはエロいは全然違うものだと思っています。
エロいは要するに体を出したり、エロい言葉を言うなどして「性」を意識させればいい。
でも、色気は違う。
色気とは「思慮深さであり、分からなさであり、底の見えなさ」だと思います。
そこに、顔の美しさや体系や仕草が足されると完璧な色気(=色気がある上にエロい)になるイメージです。これは最高に魅力的だと思う。
ついつい混同して使ってしまいがちですが、僕はこう捉えています。
すんごく共感しました!
混同しないで欲しいなとよく思ってしまいます。— 佐藤 彰悟|北海道の複業人事・越境複業家 (@sho_trip) November 6, 2018
とても共感してくれた方もいたりして。
色気というのは、知性と品性から生じるものだと思う。精神が成熟して深まり、他者への配慮が自然に控えめに出来るような人に色気を感じる。何事かを内に秘めている様子からも感じる。色っぽいって、間違っても、肌を露出し、流し目をすることではない。抑えても滲むものが色気かと思う。
— 六月🌈⛸ (@rokugatsunoniji) November 7, 2018
この方も似たようなことを発信していますね。
色気とエロいを混ぜないことは、面白い人生を送るうえでとても大事なことだと思います。
混ぜてしまうとそれだけで解像度が下がる。
今持っている言葉では表現できない魅力
色気もエロいも「魅力」に対しての表現にかわりありません。
魅力を性的に捉えた時のアウトプットがエロい。
そして、今持っている言葉では表現できない魅力を表現しようとした時のアウトプットが色気なのだと思います。
今持っている言葉では表現できない魅力というのは、前述した通り思慮深さであり、分からなさであり、底の見えなさであると思うんです。
だから、こうした性質を持っている物事の魅力を色気と言うのが適切なのかと。
具体的に色気を感じるひとはどんなひとか
まず、言葉選びが上手なひとには色気を感じます。
言葉選びが上手と言うのはつまり思慮深いということだからかと。
例えば、知人の平山さん(@t_hirayama0227 )。
株式会社waseiの鳥井さん(@hirofumi21)。
発酵デザイナーの小倉ヒラクさん(@o_hiraku)。
他にも挙げればキリがありませんが、このような人たちにはかなり色気を感じます。
あとは、本が好きなひと、本を読んでいる姿にも色気を感じることがある。
海の下に沈む膨大な思考を類推し、理解しようと試みる行為が「読む」だと思っているんですが、多分、底の見えない思考に浸かっている感じにたまらなく色気を感じるのだと思うんです。
本が好きな女性に色気を感じるのは僕だけですか。いや、僕だけではない。
— 木津 歩 (@ayumukizu) October 5, 2018
そういえば、居候男子のムハくん(@ayumukizu )が前に呟いていたこれには激しく共感しました。
ここに挙げたひと達はほぼ間違いなく色気とエロいを混同してないと思います。多分。
最後にもう一度言いますが、僕は色気とエロいを混ぜたくない。
これもポリシーなので大切にしていきたいと思うんです。そして、自分はやっぱり色気のある大人になりたいのでそのために淡々とやっていきます。
さいごに
今日はこれから長野県千曲市に行きます。
明日の科野の国ラウンドトレイル32kmに備えての前入りです。
結果のことはひとまず気にせず置いておいて、思いっきり楽しんでこようと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。