田中 新吾

「相手の名前をしっかり口に出す」は、相手にいい気持ちになってもらうための大人の作法。

今年の7月からコミュニティ運営のプロジェクトに携わっている。

どんなプロジェクトでも、始まる時には「キックオフ」あるいは「オリエンテーション」といった儀式がつきものだ。

このプロジェクトも例に漏れず、参加者に対してオリエンテーションが企画された。

そこで私は、オリエンテーションのプログラムの一コマとして「コミュニケーション」に関する指南を幾つかさせてもらった。

例えば、

「オンラインにおけるコミュニケーションの特徴」

「どうすれば気持ちがいいオンラインコミュニケーションができるのか?」

といった切り口などで、より良い人間関係を構築するための姿勢や手段として実効性があるものをお伝えしている。

そして、コマの最後に「これまで色々とお伝えしてきましたが、はじめの一歩としてまずやってみて欲しいことがあります」とお伝えさせてもらった。

その内容が、

メンバーの名前をまずはしっかり覚えましょう

「そして、コミュニケーションする際はしっかり相手の名前を口に出しましょう

というものだった。

「え?そんな当たり前のこと?」と思った方もいるかもしれない。

しかしこれらは、

「相手の名前をしっかり口に出す」は、相手にいい気持ちになってもらうための大人の作法。

といった持論に依るもので、私自身が人間関係を構築をする上で最も重視している点といっても過言ではないのだ。

思うに、コミュニケーションの中で「相手の名前をしっかり口に出す」は、その成果を計測することは難しいのだが、約10年にわたり意識して実践してきているもので実効性しかないと感じている。

世界のエリートはなぜ基本を大事にするのか?

この考え方の礎となったのは2013年に出版された下記の本だった。

「世界のエリートはなぜこの基本を大事にするのか?」

著者はハーバード(以下、HBS)でMBAを取得し、ゴールドマンサックス、マッキンゼーという人気就職先ランキング最上位で活躍されてきた戸塚さんという方。

当時、新宿の本屋で平積みされているのを見て手にとった覚えがある。

私の目を惹いたのはカバーに書かれた、

「ゴールドマン、マッキンゼーにおける元上司、同僚、ハーバードのクラスメート達には、能力や経験に関係なく真似できる明らかな共通点があることに気づいた。」

「それは基本に徹するということです。」

というコピー。

「事物の共通点を見出し抽象化する」が「やりたいこと・知りたいこと」の一つでもあった(今もそう)私にとっては格好のネタだった。

実際、数にして50近く筆者が見出したHBS、ゴールドマン、マッキンゼーに共通する「基本」が本の中には書かれていた。

例えば、

「作った資料は自分の商品だと心得る」

「どんな理由があろうと10分前には現地到着」

「上司への経過報告は翌朝を狙う」

「服装は個性よりも清潔感を大事にする」

といったようなものだ。

そして、前述した私の持論の礎になったのは、

学生一人ひとりの名前を覚えるハーバードの教授

という話である。

ハーバード大学の教授は、学生一人ひとりの名前と顔とバックグラウンドを覚えることにリソースを投下する

この本を読んで初めて知ったのだが、HBSの教授には、学生一人ひとりの名前と顔、そして、バックグラウンドを覚えることに時間と労力を投入するというカルチャーがあるというのだ。

通常のクラスサイズは90人で、階段型のクラスルームの席には必ず自分の名札を置いて授業に臨む。

教授は毎回その名札を見て学生を当てればいい話だ。

しかし、ベテランで実力派の教授であればあるほどその名札を見ずに学生を当てるという。

そしてこれにはちょっとしたコツもあるらしい。

それが、これから当てようとする学生の名札をチラ見し、自分のおぼろげな記憶とマッチさせた後、何気なく逆側の学生達に目をやり、ワンテンポ置いてから元の学生の顔を見て、名札を見ずに呼ぶというもの。

呼ぶ際は自分の記憶の迷いを払い退けて自信満々にその学生の名前を発するそうだ。

しかし、一体なぜこれほどの努力をしてまでHBSの教授は学生の名前を覚えて、呼ぼうとするのか?

あるいは覚えているフリをするのか?

著者の戸塚さん曰く、これには教授と学生という師弟関係があってもなくても、名前をファーストネームで呼び合うことが、人間関係の根底にあるという根強い考えがあるからだという。

この考えは当時の私の腹にストンと落ちた。

・久々に会った知人が自分の名前を覚えてくれていて口に出してくれたら嬉しい。

・会ったばかりの相手が親しげに自分の名前を呼んでくれたら悪い気はしない。むしろうっすらとでも相手に好意を抱く。

・よく知った間柄であれば自分のことを認めてくれていると感じる。

・相手が自分の名前を覚えてくれているのなら、自分も相手の名前を覚えようという気持ちが湧き上がってくる。

こういうことが経験則としてあったからだ。

著者はこの章の中で、HBSの教授に限らず、できるビジネスパーソンはみな人の名前を覚えるのが得意。

そういう人に限って他人から尊敬される実績を有していることも多いと述べている。

そして、この本に、この章に、出会ったことがきっかけとなって自分の中で言語化されたものが、

「相手の名前をしっかり口に出す」は、相手にいい気持ちになってもらうための大人の作法。

であった。

それから約10年、リアルではもちろん、今ではデジタル上のコミュニケーション、例えば、チャットやTwitterのリプライにおいても相手の名前をしっかり口に出すようにしてきている。

この結果、悪いようなことになったことは記憶にある限り今のところ一度もない。

コミュニケーションの本質は、相手に気持ちよくなってもらって満足してもらうこと

ちなみに「相手の名前をしっかり口に出す」は、起業家で知られる「けんすうさん」も実践されている。(*1)

人が興味を持っていること=圧倒的に自分のこと」っていうデータがあって。

しかも、名前を呼ばれると、その相手のことを好きになるらしいんですよ。だから、意識して相手の名前を呼ぶ。

けんすうさんは、なんと初対面では「10分間に相手の苗字を何回言えるか」試しているそうだ。

これをふまえても「相手の名前をしっかり口に出す」は、良い人間関係を構築するのに「間違いなく役立つ対人技術」と言っても言い過ぎではない、と個人的には思う。

もしかすると、私の「この考え」を初めて知った人の中には「私の掌の上」にいるようで?いい気分がしない人もいるかもしれない。

気分を害してしまったとすればそれは謝りたい思いだ。

しかし、私自身も、自分の名前を覚えてくれて口に出してくれる人には実際、好意を抱き、悪い気分もしない。

それがたとえ、相手の「理屈」や「理論」に沿った行動だったとしても。

だから「そういうものだ」と思って深刻に考えたりはしない。

コミュニケーションにおいて本質的に大事なことは一体何か?

それは思うに「相手に気持ち良くなってもらって満足してもらうこと」である。

間違っても相手の気分を悪くすることではない。

だとすれば、相手にいい気持ちになってもらえると確かに分かっていることはどんな理屈や理論であろうと実践した方が相手にとっていいのではないだろうか。

少なくとも私に関してはそう思うのだ。

「葬送のフリーレン」という漫画の中には私が好きなシーンがいくつもあるのだが、第5巻の中に出てくるこの場面はそのうちの一つだ。

生きているということは 誰かに知ってもらって 覚えていてもらうことだ。

勇者ヒンメルがフリーレンに遺したこの言葉に拠れば、相手の名前を覚えて、しっかり口に出すは、相手に「生を実感してもらう」ことにもなるのではないだろうか。

最後に一つ付け加えておくと、「相手の名前をしっかり口に出す」については注意しなければならないこともある。

言い過ぎると逆に相手に気持ち悪がられる点だ。

なんでも過ぎるのはよくない。

「これは意識してやってこなかった」という人はもし良ければお試しあれ。

*1:初対面では相手の名前を連呼。起業家けんすうの「人見知りのためのビジネスTips」

UnsplashAndrea Tummonsが撮影した写真

【著者プロフィール】

田中 新吾

この対人技術を今でも大切にしているのには、自分の苗字がごく平凡という点も影響しているように思います。

苗字が平凡だからこそ、名前で呼ばれた時はやっぱり嬉しいものですね。

中小企業、中小自治体、個人のプロジェクトサクセスを支援しています。人生のミッションは「プロジェクトという挑戦」を応援すること。座右の銘はLife is Projects。自称ネーミングマニア。

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