田中 新吾

昔「上司を『不安』にさせる部下には、仕事はまわってこない」と教わった。

タナカ シンゴ

前の会社(マーケティングファーム)で教わったことの中で、重要な事項の一つは、間違いなく「上司を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」だった。

若手だった私は、上司や先輩に同行する際の移動時間なども利用して、仕事にまつわるエトセトラについてよく質問をしていた。

これは入社一年目の終わり頃、Mさん(仮名)という先輩の同行途中、電車内の話である。

Mさんは優秀で私がベンチマークする先輩の一人だった。

仕事の経験をより多くしたいと思っていた私は、そんなMさんに素朴に質問をぶつけた。

今思うと「こんな質問よくできたな・・」と顔を赤らめるようなものだが、「失敗を恐れないのが若さの特権」とは本当にその通りなのだろう。

うろ覚えなところもあるが、たしかこんな会話内容だった。

私「どうしたら仕事って回ってくるんですかね?

Mさん「その質問に答える前に、まずお前がどう思うか教えて欲しい。」

私「・・・・・。」

私「任された仕事をしっかりやること、だと僕は思います。」

Mさん「なるほど、それは大事。でも俺に関してはそれも含むもっと大きななところで考えているかな」

私「大きなところ、ですか?」

Mさん「そう。どういうことか分かる?」

私「いえ、検討も尽きません・・・」

Mさん「何かと言うと「相手を不安にさせないこと」。これが俺が思う仕事が回ってくるようになるポイントかな。」

私「相手を不安にさせないこと、ですか?もうちょっと詳しく教えてもらえませんか?」

Mさん「例えば、お前が後輩にお願いした仕事があって、それが今どこまで進んでいるのか、ちゃんとできているのかどうかが分からなかったら不安になると思わないか?」

私「はい、めちゃくちゃ不安になります」

Mさん「だよね?じゃあ、その後輩に別の仕事を回したいと思うか?」

私「回したいと思いません」

Mさん「要は、任された仕事をしっかりやれば相手を不安させる事はないだろ?質問したことに対して受け答えがしっかりしていれば相手を不安にさせることもないだろ?そういうことだよ。」

私「なるほど・・・。すごくしっくりきました。そうしますと、上司と部下の関係で考えれば、上司を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない、ってことになりますかね」

Mさん「そういうことになるね。ちなみにこれはお客さんを相手にした場合も同じだから。」

私「すごくいいお話が聞けました。Mさんからも仕事を回してもらえるよう、このことを意識して取り組んでいきたいと思います。気づいたことがあったらバンバンいってもらえると嬉しいです。」

Mさん「OK OK」

程なくして、訪問先近くの駅に付きMさんとの会話を終えた。

この時私は「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」という教えを得ることとなり、以後の自分にとっての仕事の流儀の一つになっていったのだ。

「不安」は行動の予定が立つと、落ち着くという側面がある

そして、実際の現場では「スケジュール管理」などを通してこれを実感した。

「このタスクはいつまでにやるの?」

私が若手だった頃、何度この質問を受けたことだろう。

追われているようで嫌いな質問のうちの一つだった。

だが「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」に基づいて考えれば自然と納得はいった。

いつ完成するかも分からない資料を待つのは「不安」で仕方ない。

いつ出来上がるか分からない議事録を待つのは「不安」で仕方ない。

だから納期には厳しくあたるのは当然の心理なのだ。

つい最近目を通した、元自衛隊のメンタル教官の著書の中にも「不安は行動の予定が立つと、落ち着くという側面がある」と書かれていた。

不安は行動の予定が立つと落ち着くという側面がある。

そこで、いつ、何を決めればよいか。

できること、できないことなどを分析し、とりあえずやれることを具体的に挙げてみる。

そして、それを、行動に移してみる。

「仕事は、納期とセットにすることで上司や先輩の不安を軽くすることができる」

これは私が現場で特によく学んだ重要事項だった。

「報・連・相」をしっかりできる部下を、上司が「不安」に思うわけが無い

更に「報・連・相」が持つ「意義」を理解するにも役立った。

私が一年目の新人研修では教わった「報・連・相」は、「上司、先輩には報・連・相を徹底しましょう」という程度のもので、そこに意義は感じず、義務感ばかりを感じていた。

しかし「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」という教えを通すことで、その意義が分かった。

私の少し上の先輩に「それはやり過ぎじゃない?」と思ってしまう程に「報・連・相」を実践する人がいた。

その人を仮にAさんと呼ぶ。

正直に言えば、その様子を見た私は「おべっかを使っている」みたいであまり良いようには思っていなかったのだが、上司からしてみれば、些細なことでも「報・連・相」をしてくるAさんに対して「不安」は少なかったのだろう。

実際、Aさんは仕事をよく回してもらっていた。

「報・連・相」を、言い換えるならば「上司とのコミュニケーション」と言えるだろう。

報・連・相を行うタイミングや場所、その内容、言葉選び、そして伝える順番などを想定し、考えながら、上司とコミュニケーションを図る。

思うに、報・連・相とはかなり高度なコミュニケーションスキルである。

したがって、このようなコミュニケーションができる部下を、上司が「不安」に思うわけが無い。

一般的には面倒くさがられがちな「日報」も、「報・連・相」の一部だと考えるようになった私には苦ではなくなり、日報へのフィードバックを通した上司や先輩とのコミュニケーションをむしろ楽しむことができた。

思うに、報・連・相とは愚直にやればやるほど成果が増えるものだ。

だが、最近、元日本テレビの著名プロデューサーが書いた「報連相は会社を滅ぼす」という記事の通り、立場が上の人間になる程、リスクを恐れて保守的な判断に振れる場合もある、というのもまた事実。

思うに、このあたりの感覚が磨かれていくのも「報・連・相」を愚直にしていってこそなのだろう。

主体的にコミュニケーションを図る部下とそうではない部下

そして時は経ち、私が管理職になった頃の話である。

複数人の部下を持つようになった私は「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」を今度は上司という立場から実感することになる。

私はありがたいことに、主体的に報・連・相などを行いながらコミュニケーションを図ってくる部下と、そうではない部下を持つ、という両方の経験をさせてもらった。

当時は物凄く大変だったが、今思えば貴重な時間だったと思える。

前者の部下については言うまでもなく、私の不安は軽く、仕事を進めるのが極めて楽だった。

ミスすることも当然あったが、それでも不安は軽かったため色々な仕事を任せた。

がしかし、後者の部下はそうはいかなかった。

元々メンタル面に不安を抱えていたことが大きく影響していたとは思うが、積極的にコミュニケーションを行うタイプではなく、何を考えているのか、依頼した仕事は今どうなっているのか、把握できないことがとかく多かった。

故に、私は常に「不安」に悩まされ。

そして、仕事を積極的に回そうとは思えなかった。

昔、Mさんに教えてもらったような内容を伝えれば万事OKなわけもなく。

結局、私は最後までその部下の面倒を見ることなく会社を去ることになり、後になって聞いた話だが、その部下も私が辞めてから暫くして会社を辞めた、ということだった。

これを耳にした時「力になることができなかった」と悔やんだのは紛れもなく本心である。

と同時に「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」を改めて思い出すことにもなった。

相手の不安を軽くすることで、自分の不安も軽くなる

不安とは「将来の危険を予測する」感情である。

絶え間なくシミュレーションをしてしまうので、私たちは疲れ、そして振り回される。

したがって、不安は嫌われる感情の筆頭で、つらいのでゼロにしたいと考えることもよくあるだろう。

だが「進化心理学的」には脳の構造から考えて、この感情をゼロにすることはできないと言われている。

そして「将来の危険を予測する」感情があったからこそ私たち人類がこれまで生き延びてこれたことも事実だ。

結局、人間には「必要な不安」と「不要な不安」とが混在しており、不要な不安が過剰にならないよう調整するなりができればいいのだろう。

自分が不安を感じるとその不安を自分で軽くしようとしがちだが、私に関して言えば「相手の不安を軽くすることで、自分の不安も軽くなる」と考えている。

個人的な経験則だが、

「相手の不安を取り除き軽くする」

「相手を不安にさせないようにする」

ことをし続けていれば、自分の不安が過剰になることはない。

私にとっての相手とは、チーム、顧客、パートナー企業やフリーランス、そして家族や友人などだ。

こうやって考えることができるようになったのも、Mさんに教えていただいた「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」が土台となっており、この知見を知らなければきっと自分一人では辿りつかなかった思考だろう。

今思えば若手の頃に教えてもらった私は物凄くラッキーだった。

「相手の話をしっかり聴く」

「相手に自分の状況を伝える」

「自分は何ができるかを相手に明示する」

「起こったことを相手にしっかり報告する」

「相手に分かるように行動の予定を立てる」

「相手からの相談に誠実に乗る」

相手の「不安」を軽くする行動は他にもたくさんある。

これから先の人生でも「上司(や先輩)を不安にさせる部下には、仕事はまわってこない。」という教えが活きる場面はまだまだ多そうだ。

Photo by Afif Kusuma on Unsplash

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

睡眠不足では集中ができない。運動しないと身体が痛くなり感情的になる。食事をキチンと摂らないとすぐに疲れてしまう。身体を大事にしないと心の方がおかしくなってしまいますね。

●X(旧Twitter)田中新吾

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