田中 新吾

よく作られた「チェックリスト」は、ミスを劇的に減らし、仕事も早く終わらせる、という話。

タナカ シンゴ

私は企業などの「商品開発」の一部として、「ネーミング開発」の依頼をされることがある。

ネーミングはプロダクトやサービスの未来を決め、その人のセンスが最も出るところだと考えているため、大変やりがいのある仕事だ。

少し前、以前からメニュー開発のお手伝いをしている鍼灸院の方から下のような連絡をもらった。

当院は田中さんにお願いして、

・○○○
・△△△
・◎◎◎

などなど超人気商品を輩出していただけているので、うちには田中さんしかいません!

またお願いしたいものがあるので、ご対応いただけるようになったらすぐに教えていただきたいです!

他のプロジェクトが立て込んでおり今はまだ対応できずにいるが、腕をまくって取り掛からせていただきたい思いでいる。

ネーミング開発に関して言えば、このような反応を頂戴することが多く、デザイナー冥利に尽き、大変ありがたい限りである。

しかし、実を言えば、以前はミスも多くたくさん迷惑をかけてきた。

そして、この時の経験が私にとっての大きな糧となっている。

例えば、ネーミングにおいて「商標登録をすることができる」はウルトラ重要なチェック項目だ。

オンライン商標登録サービス「コトボックス」の調査によれば、

日本のスタートアップ企業は、

・93%が商標登録していない

・サービス開始から1年経っても80%が商標登録していない

・15%は商標登録できないネーミング(=変更せざるを得なかった状態)

といった報告が出ている。

すでに商標を登録している人がいる場合、使用停止通知など、他者から変更を迫られる可能性があり、そうなると、これまでの広報活動はすべて無駄になってしまう。

ネーミングを変更する作業で生じるコストを考えると、これはあまりにも大きな代償だと言えるのではないだろうか。

参考:なぜ商標登録が必要なのか? ~わかりやすく3ステップで解説

だからこそ、プロのネーミングデザイナーであれば、商標登録の状況を厳しくチェックするのは当然のことだ。

しかし、以前の私にはその厳しさが恥ずかしながら足りなかった。

「チェックリスト」を作ってから、納品時のミスは減り、結果として仕事が早く終わるようになった

昔、提案したすべてのネーミングが「ボツ」になったことがある。

コンセプトを捉え、発音しやすく、覚えやすく、いずれも個人的には上出来で、商標も簡易調査で特段問題がなかったため、そのアイデアを依頼主であるクライアントに提案した。

数日後、担当者の鈴木さん(仮名)からフィードバックの連絡をもらった。

鈴木さん:「ご提案頂いたネーミングですが、アイデアはよかったんですが、どれも商標登録が出来ずダメでした」

私:「本当ですか? 私が簡易で調査した時は大丈夫だと思ったのですが・・・」

鈴木さん:「登録したい「区分」が複数あり、いずれのネーミングもどこかしらの「区分」で重複扱いを受けてしまうんです。」

私:「そうでしたか、それは大変失礼しました・・・」

商標登録において、文字が似た感じや読み方が同じものだと区分被りで新規登録ができず、申請はできるが却下される可能性が高く、却下された場合はそれに対して反論書類をまとめて提出しなければならない。

さらに、反論したとしても却下される可能性は高いと言われている。

結局、鈴木さん(仮名)からは再提案を求められ、時間も労力も倍以上かけなければいけなくなってしまった。

再び提案したものは商標登録的にも問題なく事なきを得たのだが、かけた時間と労力を考えれば生産性は著しく低く、決してプロの仕事ではなかった。

しかし、このような経験があったからこそ、商標登録に対して厳たるチェックを行うように変化した。

例えば下のような感じである。

・商標登録がされていなく、商品に最も適当なネーミングを企画するのが大前提。

・文字が似た感じや読み方が同じものを企画した場合は、登録希望区分における被りがないかどうか厳しくチェックする。提案する場合、オススメ順位は下げる。

商標登録の他にも、「行動のち確認」するべくチェック項目がいくつも用意されてあり、それらのチェックを通過したもののみ晴れてクライアントに提案できるというルールを自分に課している。

つまり「チェックリスト」があるのだ。

したがって、「よいネーミングができた!」と嬉々しても、チェックリストで撥ねられることは日常茶飯事。

しかし、このチェックリストがあるからこそ、納品時のミスは減り、結果として仕事も早く終わり、余裕が生まれる。

そういう実感がある。

世界でも有数の投資家も「チェックリスト」を使っている

外科医で一流のジャーナリストでもあるアトゥール・ガワンデは、自著「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」の中で、

よく作られたチェックリストは、ミスを劇的に減らし、仕事も早く終わらせる」という事例をいくつも紹介している。

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例えば。

この世界には、相場を読もうとしたり、コンピューターのアルゴリズムに頼ったりせず、丹念に下調べをして割安な株を探し、長期的に投資をおこなう「バリュー投資家」と呼ばれる人たちがいる。

要は、無名で安い会社の株を狙い、テスラが有名になる前にテスラ株を買おうとするタイプの投資家だ。

世界一の投資家と言われる「ウォーレン・バフェット」はまさしくバリュー投資家で、その象徴たる存在と言えるだろう。

取材を行ったガワンデ医師によれば、そんなバリュー投資家の一人で、数十億ドルの価値を持つ、世界でも有数のファンドのディレクターをつとめるクック氏も「チェックリスト」を使っていたという。

クック氏は、下調べ、投資先の選択、投資の決断、投資後の経過観測で起きるミスを集計し、投資の全過程を分析し、それらのミスを防ぐためのチェクリストを作ったのだ。

そしてさらに、「3日目チェックリスト」という、投資先を検討しはじめてから3日目に使うチェックリストも作ったのだという。

これは過去10年間の決算書に目を通し、いくつかの事項についてチームで集まって一つ一つチェックする「一時停止点」となるものである。

良い「チェックリスト」を使うことで、全体の所用時間は短縮され、より多くの投資先を検討できるようになった

それで、クック氏は「チェックリスト」を用いるようになってどうなったのか。

言うまでもなく、投資先の選定におけるミスを防ぐことができるようになった

例えば。

ある時見つけた魅力的な投資先が、外向けにはいかにその会社が素晴らしいかを投資家たちに力説していたにもかかわらず、実は裏で自分たちの株をこっそり売り払い、沈没寸前であったことに気づくことができた。

これは「3日目チェックリスト」のおかげだという。

しかし、面白いのはここからである。

なんとチェックリストを使うことで、全体の所用時間は短縮され、より多くの投資先を検討できるようになったのだ。

普通に考えれば、チェックリストで確認するということは、時間も手間もかかり検討できる投資先は減りそうである。

だが、現実はその逆だったのだ。

よく作られたチェックリストは、ミスを劇的に減らすだけでなく、仕事も早く終わらせる。

そして、これこそがチェックリストの「真価」だと言えるだろう。

ちなみに「Google」という会社の中でもこの真価は見られる。

Googleでは次の5項目の「チェックリスト」を、新人(ヌーグラーと呼ばれている)が早く会社に溶け込めるように、新人を迎える予定のマネージャーを対象にメールで送信するそうだ。

1.仕事の役割と責任について話しあう。

2.新人(ヌーグラー)に相棒をつける。

3.新人(ヌーグラー)の社会的なネットワークづくりを手助けする。

4.最初の半年は月に1回、新人研修会を開く。

5.遠慮のない対話を促す。

これらすべての項目に、全体で1ページ半ほどの読もうと思わせる長さのマニュアルが付いており、マネージャーはこれ通りに実行する。

するとどうなるか。

なんと、研修期間が1ヶ月短くて済み、25%速いペースで新人(ヌーグラー)を一人前に戦力化することができるのだという。

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良い「チェックリスト」を使えば、人間に可能な範囲で最高の判断ができる

思うに、普段、私たちが決められた手順を守らない理由の一つに「硬直化」というのがある。

機械的にチェックを行っていたのでは現実に対処できなくなる。

チェックリストばかり見ていると、心のないロボットのようになってしまうと思い込んでいる。

かくいう私も昔はそうだった。

だが、実際には「よく作られたチェックリスト」を使うと真逆のことが起きる

チェックリストはマニュアルではない。

方程式でもない。

だが、全ての手順においてベストの選択をする手助けをしてくれる、とクック氏は言う。

必要な時に肝要な情報があるように、安定した判断ができるように、話し合うべき人たちと話し合えるようにしてくれる。

クック氏は確信していた。

優秀な彼のチームが良いチェックリストを使えば、人間に可能な範囲で最高の判断ができる、そして常に市場で勝つことができる。と。

ちょっと大げさすぎないか、と私は聞いてみた。

「そうかもしれない。でも手術用のチェックリストを使い、手洗いや話し合いを行わせると、手術成績はよくなる。外科医たちの技術は全く向上していないのにも関わらずだ。私たちもそれと同じことをしているのさ」

ガワンデ医師の「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」は、もう10年以上も前に書かれた本だ。

でもその内容はエッセンシャルで、まったく陳腐化していない。

マスターピース(傑作)と言っても過言ではないだろう。

読み終わった後には、きっと「失敗と改良を繰り返しながら、良いチェックリストを作っていこう」という気になるので、興味が湧いたらぜひ手にとっていただきたい。

私に関しては引き続き、チェックリスト未導入箇所への導入着手と、導入済みのチェックリストの改善改良につとめていく次第である。

Photo by Scott Graham on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

ネーミングに強いプロジェクトデザイナーとして、企業や個人やNPOの顧客・商品・マーケットを生み出すプロジェクトの支援をしています。元マーケティングファーム ディレクター。Webメディア(http://ranger.blog)管理人。Twitterではプロジェクト進行や、顧客・商品・マーケット創出の助けになる知見・ノウハウを発信。

すべてではありませんがここ数年の実績をまとめています。

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