RYO SASAKI

健康法「自分の言いたいことを言う」こんな当たり前のことが難しい。

タナカ シンゴ

私が酒の席が好きな理由は、酔いに身を任せられる、ということがあるのだが、それ以外に人の本音が聞ける、というのもある。

酒の席はタガが少し外れるので、上っ面の当たり障りのないところから踏み込んだ話が聞かれることがある。

日頃の鬱憤が酔いに任せて吐き出されることもあり、感情が露わになったりもする。

これが人間らしくて何とも興味深い。

上っ面なことはどこか飽き飽きしている私。

ある意味、贅沢になったんだろう。

それはともかく、酒の席でいろいろな人と話をしていて最近特に感じるのは、当然と言えば当然のことなのだが、誰でも何かしら言いたいことがあると言うことだ。

必ずしも言いたいことが始めからハッキリしているケースばかりではないのだが、そういう場合でも何かをキッカケにしてその吐き出しが一気に行われたりする。

特に一人で酒場にやってくる人は吐き出すことができる人が多いように思う。

まさに自分がその代表格と言っても過言ではない。

酒が深くなるとまくし立てている自分に自分自身が驚くことがある。

後輩が私のことを「マシンガンだ!」と言った意味がわかる。

自分の生活に不満は?と問われても大して不満がないような私にも、どうも吐き出したいことがたくさんあるようなのだ。

吐き出したいのは不満ばかりではなくて、今やっている取り組みやら、最近気づいたことやら、といろいろ・・・。

もちろん静かに呑むのが好きな人もいるが、そんな人でも吐き出したいことがない、とはとても考えにくい。

静かに呑む人にも吐き出したいことはあるのだが、

「こんな話(自分のしたい話)を誰も聞きゃあしないだろう。」

あるいは、

「周りに話したところでどうせ理解できないだろうし、興味ないだろう。」

といったように理性によって抑えているだけなのだと思う。

どう見ても人というものは本来、話したい生き物だと思うのだ。

今回はそんな吐き出したい人たちとの出会いに始まって、最後にはおこがましくも現代人に必要な健康法を整理したという話をしたいと思う。

ある酒場で

ある酒場でひとりの男性が店のマスターと話しながら呑んでいた。

私は、マスターから面白い常連さんだ、と紹介されてそのままその男性と一緒に呑むことになった。

その人は、油の乗ったビジネスマンという感じ。

当たり障りのない話から始まってしばらくして、私のスイッチが入った。

一歩踏み込んだ話を投げかけてみることにした。

それは、海外で仕事をした時にストライキに交通手段を阻まれてしまったところから、日本人はストライキがほとんどなくて従順だ、というように話に進んだ時・・・。

「失われた30年(日本のバブル期以後の経済の低迷)と言いますが、その間に企業の内部留保が550兆円にまで増えたと言いますねえ。」

と私。

バブル期の企業の内部留保はせいぜい50兆円でそこから10倍のお金を企業が貯め込んだことになる。

その一方で、従業員の賃金は上がらず、ここ最近ではずっと実質賃金(賃金からインフレ分を差し引いたもの)はマイナス成長になっている。

日本人の従順さがこんなところにも現れているのだ!と私は言いたかったのだ。

その後、話はSDGsのことになる。

話は盛り上がったのだが、私は発言でいくつかやらかしてしまう。

実質賃金のマイナスに関しては、

「(労働者は企業に)搾取されている!」と言ってしまった。

これに対して男性は、「(普段使わない言葉だから)胸がギュッとなった。」という反応。

SDGsに関してはその男性が、

「うちの会社もSDGsに取り組んでいますけど、現場は真面目というわけでは全くないけど会社の決めごとをしっかりやってます。」

と言ったのに対して、

「日本のCO2排出量は、全世界の3%程度なんだそうですね、大部分がアメリカと中国で・・・」

と私。

この、これを知ったからって誰も得にならないような話をしてしまう。

これが私の話したいことだから、何とも厄介なやつだ。

微妙な空気が流れる。

それでも、

「こんなような話が好きなんですけど、政治の話って酒場ではタブーとされてますよね。

だから、こんな話をすることもないし、周りにこんな話をできる人がいないから面白い。」

とその男性。

私にとってもこの手の話を誰とでもできるわけではない。

そうか・・・、実質賃金の話は経済の話だが政治同様に気を遣う話題なのか・・・。

後からになるが、政治の話などは相手を傷つけたり、仲違いの元になるデリケートなものではある、というのはわかるが、それを配慮するばかりで何が生まれるというのだろうか?という疑問が浮かぶ。

「配慮して議論しない日本人」の功罪を思い巡らした。

男性には面白がってもらったのだが、最後には、

「とにかく今は、自分の子供の未来が平和であることだけを望んでいます!」

と私との話はお腹いっぱいだ、という感じになって店を後にした。

この男性にはリップサービスもあったのだろうけど、ある部分は正直に話してくれたように思う。

感じられたのは、自分が話したい話ができることなんてなかなかいないんだ、ということだった。

これは何も政治の話に限らず、である。

仕事場の仲間は、ほぼ仕事中心の話に終始し、その他のわずかな時間に差し障りのない世間話をするのが関の山だろう。

奥さんであっても興味が一致するのは稀なことかもしれない。

始めの頃は一致していても長い人生で興味が変わっていくなんてことも普通にある。

豊かな時代だから、興味あることがバラバラになるし、自分の興味がある話に相手が興味があっても、相手が自分より格段に詳しいとなるとそれはそれで冷めてしまうものでもある。

いい塩梅というのも、また難しい。

こうして見ると話したいことを話せる人はなかなか見つからない。

もちろん私もそうである。

言いたいことを言わないのはストレス

少し前に胃がんのステージ4だったという男性に会ったことがある。

その男性は若い頃に婿入りした人で、奥さんの家系が強くて?婿様の発言権が全くないようなところだった。

その家の商売について、新しい提案をするも全く聞き入れてもらえない。

多分、言いたいことを徹底的に抑えた肩身の狭い生活が長く続いたんだろう。

胃がんの発症は60歳台。

当時、余命数か月と言われるも、手術後他への転移が見当たらなかった。

その後、離婚して婿様から開放され、完治して今は75歳になる。

その男性は隣にいたその男性の実のお姉さんと一緒に、そのモノ言えぬストレスが胃がんの原因だったのだろう、と感慨深げに振り返った。

「だから多少いい加減でも、大したことじゃなくっても、言いたいことを言って、好きな歌を歌って楽しく生きるんだ、って思ってるんでね。」

初対面の私に、急に病のことを忌憚なく話してくれたことが、その男性の生き方を物語ってる、と感じた。

お姉さんも苦労があったと聞くが、そんな風に見えないくらいに朗らかそのものだった。

~言いたいことを言わないことはストレスである~

この男性のことからも、言いたいことを言って何回もスッキリした自身の経験からも、これは納得できることだ。

もちろん私が酒場の賛成にやってしまったように、言いたいことを言うことが相手のストレスになり、そのことがひいては自分のストレスになることもあるわけなのだが・・・汗。

それでも、ストレスが不調の原因だと言われ、そして言いたいことを言うことがストレス発散になるならば、「言いたいことを言う」は立派な健康法であると言ってよいと思う。

だから、人は時に海や山に向かって「バカヤロウ!」と叫び、時にカラオケ(疑似的だが)で声をふり絞って歌うのだ。笑。

言いたいことをいう、に立ちはだかる壁

さて、この言いたいことを言う、という健康法を実行するにはどんな方法があるのだろうか?

考えてみるとなかなか難しいと気づく。

先に書いたように、興味がそれぞれ異なるから、家族が、あるいは友達が、あるいは職場の仲間が、言いたいことを聞いてくれるとは限らない。

言いたいことには、時に周りから自分勝手だと思われるようなこともあるし、時に常識を外れた感情的なものがある。

みんな忙しいし、そんな話を誰も聞かないだろう、というのがいい大人の持つ常識観である。

だから、みんな理性を働かせて抑えるしかないわけなのだ。

周りへの配慮が強く求められるような現代社会は、言いたいことがドンドン言いづらい世の中になっている、と見ることができる。

こうして見ると、言いたいことを言う、という極々簡単なようなことも一度チャンと考えないとならないのではないだろうか?

そんな時にふと、生前のばあちゃんのことを思い出した。

老人は仕事を奪われ、お茶と一緒に縁側に追いやられることでホントの老人になってしまう、という話を聞いたことがある。

ばあちゃんの晩年はまさにそれだったのではないだろうか?

縁側はなかったが自分の部屋に籠り、毎日日記をつけていたし、よーくブツブツと独り言をつぶやいていた。

当時は子供ながらどこか気持ち悪いと思っていたのだが、今はつぶやきたい気持ちがよーくわかる。

ばあちゃんが、言いたいことを言うために、行きついた先がそれだったのだ、と思う。

このばあちゃんの知恵にヒントを得て、言いたいことを言う健康法を整理してみたい。

【言いたいことを言う、健康法5選】

①酒場で金を払ってお店の人に聞いてもらう。

→嫌らしい言い方だが、これがお金で割りきれるから一番手っ取り早いと思う。

でも、お店の人だからって誰でもいいわけではない。

②文章にする。(日記、ブログ、書籍)

→個人差はあるかもしれないが、これもある程度の発散になる。

③普通に聞いてもらえる友達、パートナー等を見つける。

→この当たり前のようなことが、非常に難しいわけなのだが、否定せずに聞いてくれる人が本当の友達でありパートナーというものなのだろうと思う。

④声に出して独り言を言う。

→ある意味これが一番周りへの影響が少ないものかもしれない。

周りに聞かれると気持ち悪いから場所を選ばないとならない。

自分ひとりでも最初は気持ち悪く感じるから、慣れる必要がある。

これができるのは上級者かもしれない。

⑤講演をする。

→人を集められる人にならないといけない。

私が思う簡単な順に並べたつもりだ。

①と②は単に私のしたいことに我田引水したようでもあるが、逆に言うと健康のために比較的簡単なことをこれまでの私は無意識に選んでいたのかもしれない。

酒場で言いたいことを言い、ブログに言いたいことを書いている。汗、笑。

やはり私という者は欲深い。

ともかく、現代社会はたかだか言いたいことを言う、ということのためにも、意識して日常的にできるよう環境を整える必要がある、ということなのだ、と思う。

皆さんは、言いたいことをどこまで言えているだろうか?

言いたいことを言うことが、有効な健康法だ、と捉えてみて積極的に吐き出してみるのはどうだろうか?

P.S.

少し前にカラオケスナックで会った若者4人組の話を付け加えたい。

入店した瞬間から、普通ではない胸板の厚さが目を引いた。

隣のお客さんが、

「あれは警官か消防士だな。

でも絶対仕事を明かすことはないだろう。」

とつぶやいた。

しばらく様子を見ているとかなり酔っていて、ご陽気な様子。

私は勝手にその様子に大きなストレスを感じとったため、次の曲をリクエストしてみた。

POISON ~言いたい事も言えないこんな世の中は~ – 反町隆史

「言いたいことの言えないこんな世の中じゃ!ポイズン」

予想が当たったのか、若者は心の叫びのようなその歌を見事に歌い上げた。

その後、ありがとうございます、と席に寄ってきて一緒に呑むことになった。

更に酔ってくると彼は「クソですよ!クソ。」を繰り返すようになる。

何をクソだと言っているのかわからない。

犯罪が消えてなくならない日本がクソなのか、自分の待遇がクソなのか、上官がクソなのか?

言いたいことは誰にでもあるものだ。

もし警官だったとしたら、余計そうだろう。

法によって正義を監視するものはその正義によって同時に自分が監視されるから、強い抑制が必要となる。

とてもストレスが高い仕事だろうことは私にも想像できる。

若い彼らだからこそ、言いたいことを言える場があることを願って止まない。

UnsplashPriscilla Du Preez 🇨🇦が撮影した写真

【著者プロフィール】

RYO SASAKI

工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。

現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。

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