田中 新吾

「考えてもみなかった自分」に出会えるのは、「目の前の小さなつながり」を大事にした先にある。

田中 新吾

先日、🔰Obsidianビギナーズカフェ(OBC)というコミュニティのセミナーに、ゲスト講師として登壇しました。

約1時間半のセッション。

たくさんの方からコメントをいただき、Xでもシェアしていただいて、非常にありがたい時間になりました。

セミナーを終えて一息ついたとき、私の心にまず浮かんだのは感謝と同時に、こんな感慨でした。

自分がまさか、Obsidianをテーマにしたセミナーをやるなんて、考えてもみなかった。

ほんの数年前の自分には、まったく想像のつかない光景です。

少し前に、角幡唯介さんの『43歳頂点論』から着想を得て、「偶然は、世界でその人のみに固有の出来事である」という定義を胸にジャーナルを書いている、という記事を書きました。

関連記事:偶然は「世界でその人のみの固有の出来事である」という定義を胸に、日々のレビューとジャーナリングに取り組んでいる、という話。

「🔰Obsidianビギナーズカフェ(OBC)」という名前を考えた日

話は少し遡ります。

Obsidianというノートアプリに本格的に向き合うようになり、息を吸うのと同じように使い始めたのは、昨年受講した10X情報処理エキスパート講座がきっかけでした。

Obsidianの中でExcalidrawを使い、日々の情報をビジュアルに整理しなが、思考を深めていく。

そうした実践を重ねるうちに、私はObsidian自体の奥深さにどんどん惹き込まれていきました。

そんな中、現在、オブ狂いというポッドキャストのパーソナリティも務められている小川さんという方から、Obsidianの初心者向けのコミュニティを立ち上げたく、その「名前」の相談に乗って欲しいというご相談をいただいたのです。

この相談がきっかけとなり、私はそのコミュニティ名を考えることになりました。

そして生まれたのが「🔰Obsidianビギナーズカフェ(OBC)」です。

略してOBC。

「カフェ」という言葉には、初心者の方がリラックスして集まれる場所にしたい、という思いを込めました。

「オービーシー(あだ名)」と略しても言いやすいことも当然想定しています。

以前、私は人は名前を付けることで、新しい概念について向き合い、ちゃんと考察できるようになる」ということを書きました。

関連記事:「人は名前を付けることで、新しい概念について向き合い、ちゃんと考察できるようになる」という確信がさらに強まった。

今振り返ると、この「名前をつける」という行為が、私とOBCの結びつきを決定的なものにしたのだと感じています。

名前を考えるというのは、その対象に深く入り込む行為です。

「このコミュニティはどんな場所であるべきか」

「どんな人に来てほしいか」

「どんな雰囲気がいいか」

こうした問いに向き合い、言葉に変換していく過程で、OBCはいつの間に私の一部になっていました。

小川さんの一言と、セミナー当日に見えた景色

セミナーの数日前、小川さんがOBCのDiscordのコミュニティの中で、こんな投稿をしてくれました。

明日のセミナーに登壇される田中新吾さん(タナシンさん)、実は命名の仕事もされていて、なんと!この「🔰Obsidianビギナーズカフェ」の名付け親なんです!
そして毎回のブログ記事が漏れなく知的で面白い!!
皆さま、超楽しみにしててください✨

と。

正直、めちゃくちゃ嬉しかったです。

私が考えた名前が、コミュニティの中で大切にされていく。

その実感が、セミナーに向けた気持ちをさらに引き締めてくれました。

そして迎えたセミナー当日。

約1時間半、Obsidianを使うようになった経緯、私がObsidianをどう使っているか?どんな価値を感じているか?をお話しさせていただきました。

自分が頭の中に描いていたものがまず形になり、それを見ていただいた方々が反応してくださった。

コメントをいただき、Xでもたくさんシェアしていただきました。

このとき強く思ったのは、誰かの力になれることって、めちゃくちゃ嬉しいということでした。

これは、言葉にするとシンプルですが、セミナーを終えた直後の実感としては、とても大きなものでした。

「なりたい自分」とは違う、「考えてもみなかった自分」

私たちはよく、「なりたい自分」を描き、そこに向かって計画的に進むことが大事だと考えます。

もちろん、それは一つの有効なやり方でしょう。

現在開催中のミラノ・コルティナ冬季オリンピックを見ていても強く思います。

でも、今回の体験を振り返ると、「考えてもみなかった自分」に出会うプロセスは、それとはかなり違うのだということ。

OBCのセミナーで話している自分。

それは、私が「こうなりたい」と思って計画した姿ではありません。

10X情報処理エキスパート講座をきっかけに、Obsidianが習慣になり、小川さんからの依頼でコミュニティの名前を考え、セミナーの準備をし、当日を迎えた。

その一つひとつの小さなつながりの連鎖の先に、事後的に現れた自分です。

前回の記事で引用した角幡唯介さんの言葉を借りるなら、こうなります。

きっかけは偶然だとしても、中身は必然だ。

Obsidianとの出会いは偶然でした。

OBCの名前を考えることになったのも偶然です。

でも、そこに至るまでに積み重ねてきた経験や関心、ノートを書くこと、情報を整理すること、名前をつけること、コミュニティに関わることは、すべて自分の「過去の履歴」から来ている。

その履歴の上に偶然が重なったとき、「考えてもみなかった自分」が姿を現す。

これは、計画とは異なるもう一つの自分との出会い方なのではないかと思うのです。

そしてこの感覚は、個人的な「自分との出会い方」に限った話ではないとも感じています。

ビジネスもキャリアも、縁に導かれてやってくる。

振り返れば、自分のビジネスもまた、計画通りに生まれたものよりも、人とのつながりの中から導かれてきたものの方がはるかに多い。

そして、キャリアとは日々のビジネスの積み上げによって「後から」形づくられていくものだとすれば、キャリアもまた、縁の連鎖の中から事後的に姿を現すものです。

「考えてもみなかった自分」も、ビジネスも、キャリアも。いずれも計画の外側から、小さな縁を通じてやってくる。

目の前の小さなつながりを、丁寧に扱う

では、「考えてもみなかった自分」に出会うために、何ができるのか。

正直に言えば、コントロールはできないと思います。

偶然は偶然だからこそ、計画の外にある。

でも、一つだけ確かなことがあります。

それは、目の前の小さなつながりを丁寧に扱うことです。

名前を考えてほしいと言われたとき、真剣に向き合う。

コミュニティに誘われたとき、関わってみる。

誰かからフィードバックをもらったら、誠実に受け止めて言われた通りにまずは動いてみる。

それぞれは小さな行為です。

一つひとつに「これが将来の自分を変える」なんて意味を見出す必要はありません。

しかし、そうした小さなつながりの蓄積こそが、将来の偶然を受け止める「受け皿」になるのだと、今回の体験を通じて実感しました。

角幡さんの言葉で言えば、偶然というきっかけが投げ込まれたとき、水があふれ出すための「コップ」を満たしておく作業。

それが、目の前のつながりを大事にすることなのだと思います。

特に今の時代、AIが様々な業務をものすごいスピードで効率化していますが、人間関係だけは効率化できないものだと私は感じています。

縁は、かけた時間に応じて育つもの。

効率的にいい縁に出会おうとするのではなく、目の前の一人ひとりとの関わりに全力を注ぐこと。

ビジネスもキャリアも縁に導かれてやってくるのだとすれば、その地道な蓄積こそが、結果的に最大のリターンをもたらすのだと思うです。

次の「考えてもみなかった自分」は、もう準備されているかもしれない

  • 「考えてもみなかった自分」は、計画して到達するものではなく、小さなつながりの連鎖の先に事後的に現れる
  • ビジネスもキャリアも同じ。縁に導かれてやってくるものであり、計画の外側から姿を現す
  • 名前をつける、コミュニティに関わる、誰かの場に参加する。そうした小さな行為が、偶然を受け止める「受け皿」になる
  • 人間関係は効率化できない。だからこそ、目の前の一つひとつのつながりに全力を注ぎたい

もしあなたが今、何か新しいコミュニティに誘われていたり、誰かの手伝いを頼まれていたりするなら、それはもしかすると、次の「考えてもみなかった自分」、あるいは、次のビジネスやキャリアへの入り口かもしれません。

今回の内容が、みなさんの日々のつながりの見方に、少しでも役立つきっかけになれば幸いです。

UnsplashМихаил Секацкийが撮影した写真

【著者プロフィール】

著者:田中 新吾( X / note )

セミナーを終えた翌朝、ジャーナルに「Obsidianを触り始めた時は考えてもみなかった自分に出会った」と書きました。

次はどんな自分に出会えるのか、楽しみにしています。

◼︎ ハグルマニ(プロジェクトコンプリメンター)
◼︎ 命名創研(命名家)
◼︎ 栢の木まつり 実行委員会
◼︎ タスクシュート認定トレーナー

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