田中 新吾

「自分に自信がない」という人には、「何かを続ける」という自信の持ち方を強くオススメしたい。

タナカ シンゴ

Twitterだったかはてなブログだったかちょっと記憶は定かではないのだが、以前こんな主張を見かけたことがあった。

ビジネスにはスキルや経験がなくても勝てる領域、秀でることができる領域が一つある。

それは「続ける」こと自体が差別化になるというもの。

例えば、採用広報をやろうとなってブログを書いても応募数が少ないからみんな辞めてしまう。

そういう領域が実は結構ある。

インフルエンサーと呼ばれる人たちはこの継続が半端なくできる人が多い。

みんなが諦めてしまったり継続できない人がほとんどの領域で「続ける」ことは大きな武器になる。

確かこんな話だった。

そして、こういった主張を見かけた時の私の納得感は本当に高かった。

というのも、私が20代半ばに偶然知り合った経営コンサルタントの方からもまさに同じようなことを教えていただき、その頃から何かを続けていくことの価値が自分の中で爆上りしていたからである。

この時の教えが私にとって何かを続けることの強い原動力となっていった。

そういう意味では、20代の頃は「秀でたい」という気持ちが先立ち、何かを続けていくことをしていたと言って間違いない。

しかし、実際に続けてみると意外でかつ私にとって遥かに大きな発見があったのだ。

それが「続けること」が「自信になる」というものである。

続けるものは何だっていい。

日記でもいいし、走ることでもいい。

植物をお世話することでもいいし、毎朝決まったルーティンを行うことでもいい。

そしてそれらをしっかり見えるように記録しておく。

「これを続けよう!」と思い、自発的にはじめたものが続けられるようになれば(習慣化すれば)何であろうとそれによって自信が生まれるのだ。

これは私にとっては本当に思いもよらない発見だったが大きな価値があった。

何を隠そう昔、自分に自信が持てない時間を長く過ごしていた自覚があるからだ。

だからこそ、少し前に読んだ以下の記事には整ったルーティンがあると「まあ、自分はちゃんと生活できてるしな」という気持ちなる、とあったがここも大変共感のいく箇所だった。

参照:非凡な仕事をするのに、非凡な毎日を送る必要は全くない。

そして、今では「自分にあまり自信がない」という人が自分の身近に現れ、この手の相談があった場合には「何かを続ける」という自信の持ち方をオススメしたりしている。

実はつい数週間前にもそんな相談を受けたことがあった。

「何かを続ける」ことで持つことができる自信は「自信Y」とも呼ばれている

そんな私は、つい最近になって「何かを続ける」ことで得られる自信が「自信Y」とも呼ばれていることを知った。

この言葉を知ったのは「スキルぺディア360度視点で能力を哲学する絵辞典」という村山昇さん(コンサルタント)が書かれた本に目を通していた時だった。

今日では「自信」は何か目標や課題に対し、それをうまく処理し、具体的な成果をあげられること。

その意味で「自信」という言葉が使われる場合が多い。

要するに信じるものは「みずからの能力と成果」という話が一般的だろう。

しかし「広辞苑〈第七版〉」によればその定義は実はもっと広い。

自信とは「自分の能力や価値を確信すること。自分の正しさを信じて疑わない心」とあり、能力と成果はその一部でしかないと定義されているのだ。

能力や価値だけでなく、自分の「正しさ」を信じることも自信。

したがって、たとえ自分の能力や成果に確信がなくとも、自分にあるいは自分のやっていることに、価値を見出し、その意味や正しさを強く感じているのであれば「自信がある」と言い切っても良いのではないだろうか。

本書にはこんな話が書かれていた。

そしてこの考え方を前提に、村山氏は自信を以下の二つに定義している。

自信X:「能力・成果」への自信

自信Y:「意味・価値」への自信

X、YというのはX軸、Y軸に対応させたもので以下の絵が非常に分かりやすかった。

本書より図を引用させていただく。

自信Xは自分をより高くに引き上げ、自信Yは自分を静かに遠くに行かせる。

いずれの自信も得ることが意欲を生み、意欲が行動を起こし、次の自信をまた生んでいくといった説明である。

そして強く共感したのは、XとYのどちらを基盤に置いたらいいかという問いに対して、村山氏は「自信Y」だと強調していたこと。

その理由は、物事は負けたら終わりではなくやめたら終わりで「持続」の方が肝要だからという話だった。

ここで少し話は逸れるのと、自分の話になってしまい大変恐縮なのだが、私の仕事における自信の基盤は、任されたことにおいて「成果を出すためにどこまででも努力をし続けられる」というものによって形成されている。

この考え方は学生の頃に働いていた学習塾の塾長から着想を得たものなのだが、これまでの仕事を振り返ってみてもここには強い自信を持っているようにあらためて思う。

そして、この自信は「自信Xと自信Y」の両方からできていたものなのか。

本書を読んでそんな大きな気づきもあった。

今後は何かを続けることによって得られる自信の持ち方をオススメする機会があれば、村山氏の「自信Y」についても触れていきたい考えだ。

「自信Y」は自分自身でコントロールすることができる自信の持ち方

自信というのは漢字で「自分を信じる」と書くが、その根拠は思うにいつも外にある。

どうしたって自分の中にその根拠はないし、自分の中に根拠は生まれない。

「自信X」であれば、こんな能力で、こんな問題を解決できた、という自分の外に生じる成果が自信へと跳ね返ってくる。

「自信Y」にしたって、何かを続けているという状況が自分に自信をつけてくれるわけで、それは自分の外にある根拠と言っていいだろう。

自信過剰になることは良いと思わないが、人生をより良く生きていく上で自信は人間にとって間違いなく欠かせない要素。

なぜなら、自信がなさすぎれば常に他人と比べるモードになってしまうし、何かをする意欲も湧いてこないからだ。

そして、ご存知の通り能力があってもそれによって成果が出ることがなければ「自信X」は得ることができない。

また、ナシーム・ニコラス・タレブが示唆しているとおり、成果には線形ではなく非線形でやってくるという性質があるため、狙って自分に自信を持つことができない。

私たちの脳は非線形性を扱うようにはできていない。

たとえば、二つの変数の間に因果関係がある場合、人は、原因のほうの変数が安定していれば結果のほうの変数も必ず安定しているものだと思う。

たとえば、毎日勉強していればそれに比例して何かが身についていると思う。

進んだ気がしないとやる気が出ない。

でも、現実は厳しく、線形で正の進歩なんてめったにない。

一年勉強してなんにも身につかないけれど、結果が出ないことにうんざりして止めたりしなければ、ある日突然何かか訪れるのだ。

つまり、自信Xはアンコントローラブル度が高いのだ。

しかし「自信Y」は違う。

自助努力で「何かを続ける」という状況を作ることができれば付いてくる自信であるから、自分自身でコントロールすることができる自信の持ち方と言っていい。

冒頭でお伝えした通り、私も昔は自分に自信が持てない一人の人間だった。

しかし、そんな私でも今は自信を持つことができている。

それは「何かを続けることの努力」をやめずに続けているからなのだと思う。

もしも今「自分に自信を持つことができない」という悩みがあるとすれば、何でもいいので「何かを続ける」をしてみたらどうだろうか?

あるいは習慣的に続けていることに改めて目を向けてみてはどうだろうか?

伊坂幸太郎のゴールデンスランバーの中に、人間の最大の特徴は「信用と習慣」であるという言葉が出てくるが、私にはこの主張が本質的に思えてならない。

そんなわけでこの毎週のブログ記事の投稿もまだまだ続けていく所存なので、お楽しみいただけたら嬉しい。

UnsplashThomas Kilbrideが撮影した写真

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

自信Xと自信Y、とても大切な視点だと思いますが、こういうことは学校では決して学べないことですね。

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

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