田中 新吾

「今の購買」は、あらゆる手段を尽くして積み上げていった先に、突然発生する。

タナカ シンゴ

先日、「お茶農家の若旦那」と会話する機会があった。

年齢が近いということもあって、時々会って情報交換をしたりするような仲である。

若旦那がビジネスサイド(栽培、摘採も行う)で、奥様がデザイン・クリエイティブをトータルで担当。

そして、奥様のご両親がお茶の製造を主として行う一家総出の家業。

江戸時代からこの地で綿々と続く歴史のあるお茶農家だ。

元々は奥様のご両親が先祖代々続けていたところ、数年前に若い力が加わりリブランディングが行われた。

現在は、ECサイトを中心に販売を行い、実店は無いが、他店へ卸したり、お茶摘み体験会の実施したり、マルシェに出店するなど精力的な活動を続けている。

しかし、疫病の拡がりが長引いていることもあり苦労も多いという話だった。

だが、それでも「やれることをやるしかないので」といったことを口にしていた若旦那の言葉は逞しく感じた。

実際「あらゆる手段を尽くしている」ことがSNSなどを見ていてもよく伝わってくる。

商品開発、販促企画の実施、産学連携によるコンテンツ開発。

Twitter、Instagram、Facebook、Youtube、ブログなど情報発信コストが劇的に下がっている昨今のメリットも上手に活かしている。

ごく最近では、有名コンサル会社が主導する実証実験にも参画したようだ。

そして、このようにあらゆる手段を尽くして、「値段だけではない価値」を伝える努力をしていく中で、ふとお客さんになってくれる人が現れたり、リピーターになってくれる人が現れる、ということだった。

そんな若旦那との会話を介して、私の中で行われた思考のまとめが、

今購買は、値段だけではない複雑な価値を、あらゆる手段を尽くして積み上げていった先に、突然発生する。

というものである。

以降で詳しく中身に触れていきたい。

物事の価値は、様々な価値が渾然一体となって「複雑」

まず最初に「値段だけではない複雑な価値」について。

「お茶」を例にして「価値」だと思うものを挙げてみたい。

・味わい

・香り

・水色(すいしょく=お茶の色)

・食中飲料として合う

・飽きずに飲める

・季節によって楽しめる

・リラックスできる

・のどの渇きを癒してくれる

・抗がん作用がある

・抗肥満効果がある

・血圧上昇を抑える

・認知症予防効果がある

・集中力が上がる

・眠気が覚める

・製法

・茶畑の風景

・作り手(農家さん達)

・地域

・歴史

・文化

・周辺テーマへの広がり(菓子、食、器、花、空間、思想など)

・コミュニケーションツール(お茶どうぞ)

見てのとおり、お茶の価値というのは単一ではなく「複数」ある。

そして、

「値段」のような「多くの人に普遍的に認められる価値」と

値段以外の価値

とが「渾然一体」となっていて「複雑」だ。

そのいずれも「これには価値がある」と思った「人」によって見出されたもので、このことはあらゆる物事に当てはまる。

出典:アラガネの子 第18話

余談だが、今は「価値観が多様化している」と言われて久しいが、価値観の多様化は「個人の内」でも起こっている。

例えば、以前は「伝統」や「製法」なんて見向きもしなかった人がそこに価値を感じるようになっている、というような話だ。

「これはあなたにとって価値じゃないですか?」と知らされればその価値について検討をする人もかなり増えているのではないだろうか。

「値段だけではない複雑な価値」を実感すると、相手が「ワン・アンド・オンリーな存在」になる

東京・国分寺市にある一杯650円の珈琲で知られる「クルミドコーヒー」を運営される影山さんは、

値段だけではない複雑な価値」を伝えるには、身体性が伴う直接で密度の濃い「リアルな対面のコミュニケーション」が適している。

というようなことを述べている。

クルミドコーヒーも物理的なお店があり、そこでお客さんと直接顔を合わせ、コーヒー単体だけではない空間や接客も含めた価値で届けようとするから、三倍の値段が成立するのだろう。

そして、

「値段だけではない複雑な価値」を実感すると、その相手は自分にとって「ワン・アンド・オンリーな存在」になる、と影山さんはいう。

ぼくらもクルミの里に実際に収穫の手伝いに行き、そこで産地づくりのために奮闘する方々の様子を直に見れるからこそ、値段だけではないその価値を実感することができる。

ぼくらにとって他のクルミはもはや比較検討の対象ですらなく、東御市産のクルミがワン・アンド・オンリーの存在であるという感覚にすらなる。

ワン・アンド・オンリーな存在」は、どの商売においても目指したい場所だろう。

私の頭の中にもイメージが浮かぶ。

前職マーケティングファームに、Sという大手企業から次々にマーケティング案件を受注し、S社の売り上げに大きく貢献している先輩がいた。

私は若手だった頃、そんな先輩がつくる提案書をいくつか見せてもらった時活躍している理由が分かった。

クライアントの依頼に対して、提案書の中で「値段だけではない複雑な価値」の伝え方がとても上手だったのだ。

提案書における「値段だけではない複雑な価値」とは具体的には以下のような項目である。

「クライアントのご要望」

「ご要望を解決するための施策について」

「当社が提供する解決策・サービス・商品は何なのか」

「スケジュール」

「実施体制」

「オプションの提示」

そして「予算」。

これらが分かりやすく、見やすく、そして緻密に記されていたのだ。

加えて、対面による提案で内容を一点一画もおろそかにせずお伝えし、共感を得ていたことも同行した時によく分かった。

先輩の「人柄」もクライアントにとっては価値の一つになっているように感じた。

間違いなくS社にとってその先輩はワン・アンド・オンリーな存在になっていたと思う。

私はこのような経験を介して「値段だけではない複雑な価値」を相手に伝え、理解してもらうことが商売においていかに重要なのかを学んだ。

一方、顔の見えない「非対面のコミュニケーション」では、

「値段だけではない複雑な価値」を伝えることはとても難しく、そのため、多くの人に普遍的に認められる金銭的な価値に収斂しがちであることも同時に理解した。

「オンラインを使った対面コミュニケーション」と「非対面のコミュニケーション」が「主」

これまでの社会では、「リアルな対面のコミュニケーション」に、「非対面のコミュニケーション」を組み合わせるなどして「値段だけではない複雑な価値」を伝えることは可能だった。

そして、そこでの努力が成果に結びついた。

しかし、長引く疫病の拡がりにより「値段だけではない複雑な価値」を伝えるのに適した「リアルな対面コミュニケーションの機会」はほとんど失われてしまっている。

最近、妻が転職したばかりなのだが、入社してから今の所一度も出社していない。

朝から終了時間まで業務はすべてオンラインで進み、社内のコミュニケーションも顧客との商談も、すべてオンラインツールを駆使して行われる。

リアルな対面コミュニケーションという手段は一掃され、

オンラインを使った対面コミュニケーション」と「非対面のコミュニケーション」を「」にして、「値段だけではない複雑な価値」をどうにか相手に伝え、購買まで至らせることが求められているのだ。

この1.2年たらずの間で、努力すべき部分は完璧に変わってしまった。

あらゆる手段を尽くして、「値段だけではない複雑な価値」を全方位から届ける努力を行う

こうした状況において、一つのヒントになるのが前出のお茶農家さんが行っている「あらゆる手段を尽くす」というアプローチだ。

言わずもがな、誰でも気軽に情報発信ができるようになったことで、ネット上では「情報の大氾濫」が起きている。

したがって、情報発信することは大前提として「発信しても届かない」ことを理解し、頭をその先に持っていなかければいけない。

そういう状況にあると言って間違いないだろう。

最近見かけた下のツイートは、この状況を如実に表している。

私にも実感があることだが「集客装置」がなければ本当に全然売れない。

ECサイトだけを作ってもだめ、Twitterだけ頑張ってもだめ、Youtubeで動画公開をしただけでもだめ。

「単発的な施策」では届けたい人に情報を届けることはできず。

当然だが、情報が届かなければ「値段だけではない複雑な価値」を届けることももちろんできない。

ゆえに「ワン・アンド・オンリーな存在」にもなれない。

とするならば、単発的ではなく、あらゆる手段を尽くして様々な場所にリンクを貼り、その中で「値段だけではない複雑な価値」を全方位から届ける努力を行うほかない。

これは「集客装置」づくりでもある。

そして、その努力の中から少しづつ「値段だけではない複雑な価値」が、情報を受け取ってくれた人の中に積み上げられていった先に、購買というタイミングが突然やってくる。

私も一人の買い物客として最近まさにこれを実感したばかり。

何かというと、2年ほど前に認知した「鉄瓶」をここでようやく購入したのだ。

認知してからこれまでの間何をしていたかというと、

Twitterを見たり、HPを見たり、noteを見たり、取り扱っているお店に行ったり、ショップの人と話をしたり、利用者の声をみたり、そしてまたHPを見たり、SNSをチェックしたりして、その鉄瓶を取り巻く複雑な価値との接触を何度も繰り返してきた。

そして、時は経ち、突然今このタイミングで「購入」に至ったのだ。

こういう体験があったからこそ、お茶農家の若旦那の話とも強く結びついたのだろう。

今は、広告など情報発信にコストがかかっていた以前と比べ、情報発信のコストは劇的に下がった。

だからこそ、あらゆる手段は尽くそうと思えば尽くすことはできる。

問題は、やる気があるかどうか。

本気かどうか。

今購買は、値段だけではない複雑な価値を、あらゆる手段を尽くして積み上げていった先に、突然発生する

このことを念頭に置き、実践と検証に鋭意励みたい。

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【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|プロジェクトデザイナー|タスクシュート認定トレーナー|WebメディアRANGER(https://ranger.blog)管理人|ネーミングの仕事も大好物|白湯の魅力や面白さをお伝えする活動もしています(@projectsau

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

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