田中 新吾

自分にとって「不都合な言葉」は、呼び方を変えてしまえばいい。

先日、下の記事を面白く拝読した。

「ひどく失敗した人たち」に感謝したい。

以下、記事の冒頭一部を引用させていただく。

私が以前在籍していたコンサルティング会社の一部署では、「失敗」という言葉を使うことが禁止されていた。

代わりに「成長ネタ」という言葉を使いなさい、と。

”会社は、「失敗」を、公式に次のように言っていた。

失敗は「成長ネタ」です。成功よりも成長ネタからの方が、学ぶことは多いです。”

成長ネタは、全く恥ではありません。

正直なところ、当初は「呼び方だけ変えてもね……」と懐疑的であったが、のちに、これは全く私が間違っていたことがわかった。

「成長ネタ」と呼ぶことで、失敗の公表に対してポジティブな態度をとれる人が増えたからだ。

(太線は筆者)

この記事の論旨をざっくりとまとめると「失敗というのは成長ネタであるから、成長ネタを提供してくれる人には感謝をしなければならないと思う」となるだろう。

特に、私は筆者である安達さんの主張を支える経験に関心を持った。

それは在籍していたコンサルティング会社では「失敗を成長ネタと呼びなさい」という企業風土があり、これによって一人の部下に皆の前で失敗を公表してもらうことができた、というものだ。

失敗は成長ネタと呼ぶ

呼び方を変えただけでそんなすぐに人の気持ちや行動が変わるか?と思う人も多いかもしれない。

だが個人的なことを言えば、これには真正面から賛同できた。

なぜなら数年前から私は、自分にとって「不都合な言葉」は、呼び方を変えてしまえばいい、と考えるようになったからだ。

「不安タスティック」と「老いるショック」

この考え方の構築には「みうらじゅん氏」を参考にしている。

改めて説明するまでもないと思うが、「ゆるキャラ」「マイブーム」「おならプープー族」などの生みの親として知られるネーミングの大家だ。

幾多の言葉を生み出しているみうら氏だが、彼が生み出した言葉の中にはこんなものもある。

不安タスティック!

老いるショック

いずれも「ゆるキャラ」や「マイブーム」と比べれば知っている人は少ないのかもしれない。

だが、私個人的には遥かに価値が高いものとなった。

というのも、これらを知ることができたからこそ自分にとって「不都合な言葉」は、呼び方を変えればいい、と考えるようになったからである。

まず「不安タスティック」という言葉についてだが、みうら氏は「人生はつねに不安なものである」という。

当の私は、いつまで経っても不安です。不安というのは若い頃の特権と思われがちですが、どっこい今でも不安です。

思い返せば、不安でなかった日など1日もありません。

そこで彼が生み出した言葉が「不安タスティック!」だ。

不安タスティックとは字面のとおり、不安+ファンタスティックを組み合わせた造語で、あまりにも不安を感じる時は「不安タスティック!」と明るく叫び、不安を感じないように自分を洗脳している、ということだった。

私が彼の本をはじめて目を通した時、正直な話、

「そんなことで変わるの?」

「ただのオヤジギャグじゃんか」

こう思った。

だが、そうは思いながらも「覚せい剤はおならプープー族と呼べば撲滅できると思う」の件で、すっかり彼のファンになっていたため物は試しだと思い取り入れることにした。

参照:<みうらじゅん>覚せい剤使用防止に提案!「悪の言葉ってカッコいいんですよ」「おならプープー剤という名前に」

あまりにも不安を感じる時には「不安だ」と思うのではなく「不安タスティック!」と言ってしまう。

すると確かに、不安を感じているその状況もなぜか面白く思え、「どうしよう」と悩むのではなく「どうしていこう」というように、気持ちが前向きに変わっていく実感があった。

「不安」を「不安タスティック!」と呼び方を変えただけなのに。

みうらじゅん、恐るべしである。

参照:Life is 不安タスティック

そして、2018年にみうら氏は「老いるショック」という新語をひっさげ、還暦を迎えた。

彼はこれについて「老いを陽気にかわす」ための呪文(言葉)だと述べており、カタログハウスが運営する通販生活では「老いるショック認定委員会」なるものが設立され、みうら氏はその認定委員長にも就いている。

「老いるショック」という言葉はけっこう前に思いついてましたが、50代で言い出すのはまだ早いと待っていました。

でも還暦がきたのでついに解禁です。

この赤いちゃんちゃんこと頭巾は自ら手に入れました。

チェ・ゲバラ風にちょっと横かぶりにすると意外にイケるでしょ(笑)。

いま、ダイエットとか美容で男も女も若者に近づこうとしていますよね。

いや、ムリですから。

「形あるものはすべて壊れる」とお釈迦さまも2000年以上も前に言っておられます。「永遠」は、人間がつくったただの言葉にすぎません。

 だったら、老いていることを自ら宣言して笑っていこうではありませんか。

膝痛とか腰痛とか、老いを感じたところを自らゆび指して「老いるショック!」と、声に出します。

クイズ番組『タイムショック』みたく“ショォ~ック”の部分を強調すると、なお陽気でいいでしょう。

年寄り自慢を聞かされるのはウザいですが、「老いるショック!」なら周りも嫌な気はしないはずです。

老いるショックは“退化”を“進化”に変える呪文なのです。

参照:老いるショック認定委員長

「不安」にしても「老化」にしても、そのままでは自分にとって色々と不都合がある。

でも、生きている以上うまく付き合っていきたい。

この状況にどう折り合いを付けられるか考えた末に生まれたものが「不安タスティック!」と「老いるショック」。

私はこのように解釈をした。

そして、この解釈が生まれたことを端にして「自分にとって不都合だと思う言葉は呼び方を変えてしまえばいい」と考えるようになったのだ。

「ランニング」を「ランニング」と呼ばない

実際に私が呼び方を変えている例を一つご紹介したい。

ランニング」である。

数年前に私はランニングを習慣にしたいと思う時があった。

しかし、ランニングという言葉からは、どうしても「面倒くさい」という感情が想起されてしまい、走れば心身に良いことは頭では分かってはいるが、継続する難しさを感じていた。

ランニングという言葉が私にとって不都合だったのだ。

そこで私はランニングを「自分ミーティング」と呼ぶことにした。

この呼び方は、走っている最中や歩いている最中というのは、足で地面を蹴るという動作によって体全体の血流がよくなるためか、頭の中にある様々な意見がシェイクされ、アイデアが創られるという実感、に着想を得ている。

走っている(や歩いている)最中、自分の中の様々な意見と会議を行う場だから「自分ミーティング」だ。

そして、こう呼ぶようになってから、ランニングは「1日のうちに幾つか行われるミーティングのうちの一つ」といったような位置付けに変わり、タスク名は基本的に「自分ミーティング」としてスケジューリングされるようになった。

しかし、運用していく中で例外の必要性も感じるようになった。

というのも、自分ミーティングとだけ呼んでいると「飽きてしまう」からである。

気分を変えたり、時々視点を変える。

そんな「別のいい呼び方」はないだろうか。

そう思っていた私にアイデアを授けてくれたのが、アラン・ライトマンという宇宙物理学者のエッセイが集められた「宇宙と踊る」という本だった。

この本をはじめて読んだ時、私は「こんなにも文章が上手い科学者がいたのか!」とちょっと戸惑うくらい感銘を受けてしまった。

思うに、集められたエッセイはどれもこれも粒ぞろいと言って言い過ぎではない。

特に私が触発されたのが冒頭にある「パ・ド・ドゥ(二人の舞踊)」というエッセイだ。

以下、一部を引用する。

やわらかな青い光のなかでバレリーナは滑るように舞台を横ぎり、つま先をわずかに地球にふれて飛び上がる。

ソナー、バットリー、ソテー。両足が交差し、羽ばたき、両腕がひらいてアーチを作る。

バレリーナは知っている ー よい演技をだいなしにするいちばんの早道は、自分の身体の動きを意識しすぎること。

それよりも、長年のあいだ毎日欠かさずつづけてきた練習と、力とバランスを理解している筋肉そのものを信じたほうがいい。

彼女が踊るあいだ、自然は完璧に、絶対の信頼性をもって自分の役割を演じている。

ポアントでは、バレリーナの体重がシューズにかかる床の圧力とぴったり釣り合い、相手の力に等しい力がそこにはたらいて、接触した分子が正しくひしゃげてくれる。

重力が電気力と釣り合う。

地球の中心からバレリーナとの接点を通過してさらにその上へと、目に見えない線が伸びている。

ライトマンは、「バレリーナ」の動きを力学の観点から分かりやすく説明した後、バレリーナのジャンプの反作用で「地球」もごくごくわずかだけ軌道を変えているのだ、と実にエレガントに結ぶ。

このエッセイを読み終えた時、私には付けられたタイトルの意味もよく分かった。

バレリーナはある意味で「地球と二人で踊っている」のだ。

そして、ここから私は「別の呼び方」の着想を得た。

要するに、ランニングも「地球と踊ること」だと捉えることができる、と思ったのだ。

より正確に表すとするならば踊るではなく「遊ぶ」の方がフィットする。

この結果、今の私のスケジュールには、デフォルトで朝「自分ミーティング」という時間が確保されており、時々これを「地球と遊ぶ」という呼び方に変えて運用している。

この方が自分にとって都合がいいからだ。

こうして私は「ランニング」という言葉でスケジュールに入れることは皆無となった。

言葉は、自分に大きな影響を与えている「環境」の一つ

話は冒頭の「失敗は成長ネタと呼ぶ」についてである。

それにしてもこの呼び方は傑作だ。

組織としてそう呼ぶことが公式で、企業の風土になっていたというのだからもう強い。

私も過去の経験から思う。

成功よりも失敗から学ぶことの方が段違いに多い。

人がした失敗は大変貴重な教訓だ。

しかし一体なぜ、自分にとって不都合な言葉の呼び方を変えると物事を上手く進められるようになるのだろうか?

これについて私の考えを簡潔に言えば、「言葉」も自分に大きな影響を与えている「環境」の一つになるからだろう。

参照:行動を変えるコツは、「意識」を変えようとするのではなく「環境」を変えようとすること。

言葉は環境なのだからそれを変えれば伴って行動も変わる、というロジックだ。

今までの経験からしても、商品やサービスのネーミングにやりがいがあるのは間違いない。

だが、「自分にとって不都合な言葉の呼び方は変えてしまう」というような、人生の質が変わるネーミングにも大きなやりがいを私は感じる。

Photo by Yasin Yusuf on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

アラン・ライトマンが著した「宇宙と踊る」は、彼が持つ専門知識、豊かな詩情、卓抜した想像力をミックスさせ、科学への愛情を込めてつづった何度も読み返したい粒ぞろいのエッセイ集だと思う。

幅を愉しむWebメディアRANGER(http://ranger.blog)を設立・運営中。複数の立場で、企業・地域・個人の商品開発と集客を支援中。元マーケティングファーム ディレクター。詳しいプロフィールについてはこちら

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