田中 新吾

「面倒くさい」を乗り越えるために、本当に重要なことは「幸せでいる」ことだった。

タナカ シンゴ

最近読んでいた本の中で、私にとって遥かに大きな発見となったことの一つが「幸せは、めんどくさいを乗り越えるための精神的な原資」というものである。

生きていると「面倒くさいなあ」と思うことに多々遭遇する。

経験上、仕事において言えば、面倒くさいことを実行することが求められる場面は非常に多い。

そして、成果とはこういうものを積み重ねていった先にようやく現れるものだ。

したがって「面倒くさいはどうすれば乗り越えやすくなるのか?」は、私の人生において長らくの間、大きな関心毎の一つとなってきた。

以前、こうした背景から下のような記事を書いたこともあった。

参照:「面倒くさい」という「老化」の原因に立ち向かう手段は、色々とありそうなことが分かってきた話。

私の知る限り、多くの場合「面倒くさい」が行動しない理由の「本音」だ。

掃除をしないのは、面倒くさいから。

発信をしないのは、面倒くさいから。

運動しないのは、面倒くさいから。

投資をしないのは、面倒くさいから。

調べれば分かるのに調べないのは、面倒くさいから。

ここでの主張は、

・老化とは「面倒くさい」が増えること

・脳が「面倒くさい」と感じる時を知り、対策する

・生体にほどほどのストレスをかけることで面倒くさいを突破しやすくなる

といったものだった。

実際にこれらを実行していく中で、その効果を実感してきたところである。

片足立ちを30秒くらいをした後は面倒くさいに立ち向かいやすくなり、長寿遺伝子を活性化させるための適度な運動が習慣化している時の方が何でも前向きに取り組めた。

しかし、同時に「面倒くさいはどうすれば乗り越えやすくなるのか」の本質に迫るようなものには及ばない、と感じていたのも事実だ。

そんな私にとって最近手にとった本はかなりのインパクトがあった。

日立製作所のフェローであり「データの見えざる手:ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」の著者として知られる「矢野和夫氏」の最新本である。

ご存知の方も多いと思うが、矢野氏について簡単に触れておきたい。

矢野氏は、人間・組織・社会行動に関する大量のデータを過去15年以上の間、収集し解析を行ってきた人物で、そのデータはのべ1,000万人日を超えている。

小売、製造業、IT企業、コールセンター、病院、学校、役所といった多様な業種、営業、企画、人事、エンジニア、研究開発までの幅広い業務が計測の対象となってきた。

その中で見えてきた人間や組織に関する知見を示したものが、2014に出版され、多くの方に読まれた本が「データの見えざる手」である。

そんな矢野氏が最新のビッグデータに基づき、2021年に綴った新刊が「予測不能の時代:データが明かす新たな生き方、企業、幸せ」だ。

この本の中で、特に私に刺さった彼の主張を先にまとめてしまうと下記のようになる。

・ 予測不可能な社会を生き抜くためには、会社も個人も「4つの原則(*1)」に従うことが必要。しかし、これを実行することは決して楽ではないし面倒くさい。

*1 1.実験と学習を繰り返す 2.目的にこだわり、手段にはこだわらない 3.自己完結的な機動力を持たせる 4.「自律的で前向きな人づくり」に投資する

主観的に幸せな人(幸せだと感じている人)は「4つの原則」に従いやすい。なぜなら、主観的に幸せな人は、重要だが面倒で面白くない仕事を労をいとわず行うことができ、行き詰まった局面を打開し、変化する状況に適応し、生産性も高く、成果も大きい、ということが研究の結果として出ているから。

「幸せ」というのは3つあって、中でも、主観的に幸せな人というのは、自ら幸せになるスキルを身に付けている。これは「HERO」と呼ばれるもので、HEROは「FINE」の関係性によって育まれていく。

以降でそれぞれ補足していきたい。

予測不可能な時代を生き抜くためには、楽ではなく面倒くさい「4つの原則」にしたがっていかなければいけない

新型感染症の流行しかり、現代はテクノロジーの進化などによって予測不可能なことが次々と起こる「VUCA時代」と言われるようになって久しい。

こうした時代に立ち向かい適応していかなければいけないのは会社も個人も同様と言っていいだろう。

矢野氏はこの時代を生き抜くために必要なこととして以下の4つのことを原則として挙げる。

1.実験と学習 

→要は「やってみて、そこから学ぶ」という姿勢。これを繰り返しながら人も組織も進化し成長していくことが求められる、という話。

2.上位目的へのこだわり

→実験と学習を繰り返すためには、その前提として目的がなければいけない。

手段にこだわると変化に対して弱くなる。

これからは手段ではなく目的に、しかも時代によって変わることのない出来るだけ上位の目的へのコミットが求められる、という話。

3.自己完結的な機動力

→事業活動において、マーケティング、イノベーション、デリバリー の3つのサイクルを高速に回すことができれば予測不能な変化に対応していくことができる。

しかし、組織の中では通常この3つは別々の部門が担っているため、縦割り、サイロ化によって機動力が発揮できない場合がほとんど。

予測不可能な社会に適応していくためには、アメリカの海兵隊(*2)のように、当事者が、自己完結的に機動的に判断することができる組織を作らなければならない、という話。

*2 アメリカの「海兵隊」とは、上陸作戦の専門部隊。上陸作戦を成功させるには、状況変化に適応し、柔軟に、そのときに必要なあらゆる手段を投入しなければならない。航空機で敵の後ろに回り込むことも必要、海からの砲撃も必要、陸上部隊による奇襲も必要。これらを機動的に組み合わせて、統合的に判断し、しかも状況に応じて適応して即興的に変化しなければならない。

4.「前向きな人」づくりへの投資

→予測不可能な時代においては、実験と学習を繰り返し、上位の目的へこだわり、自己完結的に機動的に動くことができる「前向きな人」づくりへの投資が不可欠。

しかし、人への投資というのはリターンが曖昧であるため現実の企業活動においては困難を極めているため、ほとんどやれていないため、これを可能にする仕組みが必要だという話。

以上4つの原則は、会社のみならず個人レベルにおいても当てはまるという。

日々実験し、そこから学ぶことで、気付きがあり、成長していく。

これにより予測不可能な変化に適応するとともに、柔軟に手段を変更することで新たな人との信頼関係をつくり、新たなことにも挑戦できる。

こうしたことを日々繰り返すためには、個人レベルでも、上位の目的や大義があって然るべき、ということだった。

ただ矢野氏は4つの原則を実行していく上での問題点も挙げる。

簡潔に言えば、これらを実行に移すのは企業においても個人においても「決して楽ではなく、面倒くさい」のだ。

この主張を発見した私は、4つの原則に対しても、その問題点に対しても直感的に納得がいった。

「これは必要なことだが、実行に移すのは楽ではないし、確かに面倒くさいことだ」と。

主観的に幸せな人は、仕事が上手く行き、病気にもなりにくく、なっても治りやすい

主観的に幸せな人というのは、言い換えれば「幸せだと感じている人」である。

本書の中に、この20年間あまりのポジティブ心理学やポジティブな組織行動の研究により従来の常識を覆す「ある因果関係」が発見されたとあった。

「ある因果関係」とはいったい何か?

それは、幸せと、仕事や健康の間における因果関係である。

一般的に私たちは、幸せと仕事や健康との関係について、

仕事がうまくいく→幸せになる

健康だと→幸せになりやすい

といったように因果を考えがちだ。

しかし、研究が明らかにしたのはこれとは逆だったのだ。

つまり、

幸せだから→仕事がうまくいく

幸せだと→病気になりにくく、なっても治りやすい

ということである。

研究によると、主観的に幸せな人(幸せだと感じている人)は、仕事のパフォーマンスが高い。具体的には、営業の生産性は30%程度高く、創造性では3倍も高い。

さらに、同じく幸せな人は、健康で長寿で、結婚の成功率も高く、離職もしにくい。そして、幸せな人が多い会社は、そうでない会社よりも、1株あたりの利益が18%も高い。

このようなエビデンスに基づく知見が続々と得られたのである。

しかし一体なぜ、主観的に幸せな人だと優れた結果が現れるのだろうか?

これを明らかにするために、研究チームはさらにスマートフォンを用いた大規模な実験を行った。

実験は、フロー体験で知られるミハイ・チクセントミハイ教授が開発した手法に倣い、約3万人の被験者がスマートフォンに実験用のアプリをインストールし、そのアプリから時折くる「今何をやっていますか?」「今どんなムードですか?」という簡単な質問に約1ヶ月間、答えるというものだ。

これにより、例えば、

「ムードが低下している」と答えた人、すなわち主観的に幸せな人は、それから数時間後にスポーツや散歩といった気晴らしになるような活動を増やした、といった結果が得られた。

分かりやすい結果だ。

しかし、大きな発見は別のところにあった。

なんと「いいムードです」と答えた人、すなわち主観的に幸せを感じている人は、それから数時間後に、しんどくても、面倒くさくても、面白くなくても、やらなければいけないことを、より多く行うようになっていたのである。

言うまでもないが、仕事というのは、工夫をしたり、人に頭を下げたり、未経験のことに挑戦できるかどうかで、大きく成果が変わってくる。

いいムード・主観的な幸福感は、このような工夫や挑戦を行うための原資となる「精神的なエネルギー」を私たちに与えてくれることを突き止めたのだ。

矢野氏はこうしたことをふまえ下のように述べている。

このような仕事は、行き詰まった局面を打開したり、変化する状況に適応したりするのに役立ち、成果は大きい。

一方、幸せでない人は、精神的な原資や精神的なエネルギーが足りないため、このような面倒な仕事になかなか手をつけられない。

すなわち、幸せが、前述した「4つの原則」を実行していく時に立ちはだかる問題をクリアしていくための「精神的な原資」になる、ということである。

主観的に幸せでいるために「幸せになるスキル」を磨く

そして締めは「主観的に幸せになるためにはどうしたらいいのか?」という話だ。

矢野氏は、幸せを持続時間という観点で「3つ」に分類している。

一つ目は「変えにくい幸せ」。

これは遺伝や幼児体験に影響を受ける幸せのことで、幸せを感じやすい人とそうでない人が存在するという多様性につながる話だ。

私たちが感じる幸せのおよそ半分がこれによるという。

二つ目は真逆で「変わりやすい幸せ」。

ボーナスや宝くじが当たったりといった外部から一方的に与えられる環境変化は、その直後に京楽的な高揚感を生む。

しかし、それは極めて短い間ですぐに元のレベルに戻ってしまう。

このようなタイプの幸せは極めて刹那的で、一時的。

長い目で見ればその人の幸せに変化はもたらさないのだという。これは実経験に照らしても納得がいく。

そして最も重要なのは三つ目だった。

努力や学習によって変えられる幸せ」である。

この幸せは、一種の能力、スキル、習慣として捉えるべきもので、ひとまずこの能力を習得すると、自転車の乗り方を覚えた時のように忘れることがなく、持続する。

矢野氏はこれを「幸せになるスキル」と呼ぶ。

主観的に幸せな人はこれを習得しているのだ。

この手の幸せの影響は大きくおおよそ4割ほどあり、私たちが変えることができる部分においては8割ほどを占めるという。

更に、このスキルを経営学や心理学において先行研究されてきたさまざまな概念や尺度で突き詰めていったところ「四つの因子」により構成されていることも明らかになった。

その因子とは以下の四つである。

1 自ら進む道を見つける力(ホープ)

2 現実を受け止めて行動を起こす力(エフィカシー)

3 困難に立ち向かう力(レジリエンス)

4 前向きな物語を生み出す力(オプティミズム)

※頭文字をとると「HERO」となる。

ここは以前書いた記事を参照することでより深い納得感を得ることができた。

参照:自分一人でも製造できる「幸せ」と、自分一人では製造できない「幸せ」の取り扱い方について。

このような経験などがあって、私は「幸せとは変化度である」という定義を持つようになった。

例えば、

・テストで常に100点を取っている人よりも、普段50点だけど今回は85点だったという人の方が多くの「幸せ」を感じる

・常にバズっている人よりも、普段まったくバズらない人がたまにバズる方が多くの「幸せ」を感じる

・美しい紅葉が毎日観れる場所にいる人よりも、普段都会のコンクリートジャングルで過ごしている人が紅葉を観る方が、多くの「幸せ」を感じる

という具合だ。

要するに、自分にとって「プラスの変化」が大きければ大きいほど「幸せ」を感じるといった理屈である。

1〜4を持ち合わせている人は、自ら「変化」を起こすことができるのだ。

そして、変化によって幸せを獲得する。

私の解釈では、これこそが幸せになるスキルの本質だ。

そして、HEROは基本的に下のような良好な「人間関係」によって育まれていくという。

人と人とのつながりが特定の人に偏らず均等である(フラット)

5分から10分の短い会話が高頻度で行われている(インプロバイズド)

会話中に身体が同調してよく動く(ノンバーバル)

発言権が平等である(イコール)

※頭文字をとると「FINE」となる。

矢野氏は、大量の人間、組織、社会行動の研究とデータから、この「FINEの関係性」においてHEROはよく育まれていくことを突き止めた。

そして、この中でも特に重要なのは、会話を互いの身体の動きで盛り上げる「ノンバーバル」だと述べている。

ここまでの「主観的に幸せになるためにはどうしたらいいのか?」についてまとめると、

FINEの関係性を意識し、できるかぎりそこに身を置き、HEROをよく育む。

そして、自ら変化を起こすことができるように「幸せになるスキル」を磨く、ということになる。

抽象的な部分があるのは否めないが、以上が本書のなかで個人的に特にヒットしたところだ。

面倒くさいを乗り越えるために本当に重要なこと

矢野氏は、これからの予測不可能な時代を生き抜くためには、楽ではなく面倒くさい「4つの原則」に立ち向かっていかなければいけないとし、そのために「幸せでいる」ことの重要性を説いた。

これが図らずも、冒頭の「面倒くさいはどうすれば乗り越えやすくなるのか」という私が長らく抱えていた疑問とリンクした。

そして、面倒くさいを乗り越えやすくするためには「幸せでいる」こと、というのは直感的に本質をとらえていると感じた。

結局、この精神的な原資がなければ、いくら片足立ちを30秒をしても、長寿遺伝子に働きかけたとしても、その効果は真に発揮されないのだろう。

面倒くさいを乗り越えるために、本当に重要なことは、主観的に幸せを感じられる状態でいることができるように、周囲の人たちと常日頃取り組み、努めること。

そして、蓄えた精神的な原資を、無意味に消耗しないような仕組みと環境を作ること。

これを活動の中心に据え、ノウハウをストックしていくのがベターだと私は今思う。

それにしても驚いた。

以前から「幸せ」はよりよく生きる上で重要な概念だと認識はしていたが、まさか、予測不可能な時代を生き抜くための精神的な原資になってくるとは。

今後は、2020年に矢野氏がCEOに就任したハピネスプラットという新会社の動向にも注目していきたい。

Photo by Malachi Brooks on Unsplash

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスクと時間を同時に管理するメソッド)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車。

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

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