RYO SASAKI

自由で豊かな時代の苦悩に対処する方法を見つけられなかった。それでも何だか楽になった。

タナカ シンゴ

「トイレの水は用を足した2回に1回しか流しません。」

というケチ?倹約家?の若者の話を聞いた。

ケチと倹約家の境などはあってないようなものだと思うで、自分のことを倹約家だし、ケチだとも思っていたから上には上がいるもんだ、とすこし驚いた。

私の父と妹が同居していたずいぶん前に、大きなケンカをしたと聞いたことがある。

ゴミ出しのタイミングについてのケンカだった。

ゴミはビニール袋に溜めていって、ある程度いっぱいになったところで端をくくってゴミ捨て場に出すものだが、どのくらいいっぱいになったところでくくるか?というところで口論になった。

父は目一杯までゴミを溜めるべきだと主張し、妹は7~8割程度でもいいだろうと主張した。

父はもったいないと言い、妹は臭いから、などと言った。

ケチぶりがにじみ出るような話だが、こんな家庭に育った私のケチぶりを上げてみると、

・服を捨てられず、部屋着にできるだろう、を繰り返している間に箪笥が部屋着だらけになってしまっている。

・お風呂のお湯を1日使って捨てることはできない。

 (これは持続的な社会が叫ばれてからこうなったもの)

・アイスクリームの裏ブタは舐めずにいられない。

まだまだあるのだが、恥ずかしくて出せない。

今回はケチに限らず、このような自分の信条をどう捉えて、自分以外の人とどう折り合っていくのがいいのか?といったことについて思うところを書いてみたいと思う。

ケチは環境要因?

一般的には、自分あるいは親の収入に限度があるから、その収入に合わせて支出を抑えないと大変なことになる、という感覚をもって生活しているはずだ。

なので自分の置かれた環境から影響を受けて、ある程度ケチになるわけだが、例えばダウンタウンの松本人志さんは、今やお金持ちなのだが新幹線の中で車内販売のアイスクリーム(300円程度か)が贅沢で、今でも購入するのに抵抗があると言う。

人は環境が変わっても昔の感覚のままで子供の頃の影響は色濃く残るものなのだとも思う。

愛媛県人には、1回にトイレットぺーパーを使用する長さが極端に短いという県民性があって、これは各家庭というよりも県ぐるみでの教育によるものであって、教育も当然大きな影響を与えている。

私の父と妹のゴミ袋ケンカの話を、ある方に聞いてもらったことがあった。

「(日本人は)江戸時代なども含めて貧乏が長いからねえ。

DNAは短期間ではなかなか変わらないんだよね。」

という言葉が返ってきた。

この言葉に私は、ケチは生まれてからの環境だけに影響されるのでなく、DNAに刻まれているんだと感じた。

だから、環境が改善されてそんなにケチにしなくてもいいのにもかかわらず、DNAがうずいてケチのままなのだ。

私で言えばアイスクリームの裏ブタを舐めなくても新しいものを食べればいい。

父親で言えばビニール袋は何円のロスになるというのか?

それでも変わらない。

人間は平均的には、数百年かかって代々裕福でないとケチDNAはオフにならない、ということが言えるのだろうか。

ということは、多くの人はしばらくケチのままなのだろう。

裕福でなかったとしてもケチDNAがOFFになる変異種も出ているとは思うが。

ところが、最近は新たに持続的な社会を考えなくてはならない環境になった。

自分は、これまで自分がケチだから逆に自分はケチではありたくないと思ってきたのだが、持続的社会が自分のケチを容認するようになってしまった。

持続的社会によって、ビニール袋の一部もアイスクリームの裏ブタに対しても「もったいない」の重みが増した。

歴史がすでに保有している貧乏DNAが解消される方向に流れているとするならば、今度はそのことと持続的社会との間で、新しいせめぎ合いが始まったようにも思える。

自由で豊かになったことでの苦悩

我が家のゴミ出しの一件のように、ケチという特徴は共同生活において不仲の種もなるものだ。

もし私が2回に1回トイレを流す若者と同居することを想像すると、自分はとてもうまくやっていける自信がない。

「臭いのは嫌だ、あるいは、臭いから身体によくない。」

などと言っても、臭いことが健康にどの程度の悪影響を起こすのか?説得ができない。

臭いを除去することと使う水を削減して持続的な社会に貢献することを天秤にかけて臭いの除去を優先することもできない。

私の子供の頃、家のトイレは汲み取り式で、臭いのが当たり前だったのだ、という不利な記憶がよみがえってしまった。

それでもここまで無事に生きてこれた。

ケチとは異なるが、共同生活において食事を毎日することには合意できるだろうが、何を何食食べるかについては早速意見が分かれるのだろう。

例えばこんなこともある。

私は食事の直後、動くことが億劫で皿を洗い場に運ぶことを好んでせずに生きてきた。

これは子供の頃に始まって、大人になってからもずっと指導を受け続けてきたことだ。

「早く片づけないと汚れ落ちが悪いし、仕事が片付つかずに気持ち悪い、洗う人のことを考えなさい。」と。

最近になって、食事直後は消化のために血液が内臓に集まるため、動かない方が体にはいい、という私にとっての救世主の専門家がやっと現れた。

しかし、救世主が現れたからといって食後に皿を放置することができるようになるわけでもない。

片づける人の不快感と私のすぐ動くことでの不快感を天秤にかけて私の不快感の排除を優先することができない。

このように人が何を不快に思うかや、それに基づいてどの行動を選択するかは、持って生まれたDNAと生まれてからつくられる信条が絡まってできていて、人それぞれに異なるものだ。

だから、何かを選択することで誰かが不快になったりするから、何かをすることとしないことのどちらがいいと言い切れないことが多いということに行きつく。

互いの信条に折り合いをつける王道の方法がないように思える。

生きるためにクリティカル(危機的)なものであれば、ブレることなく合意できるはずなのだが、クリティカルではないどっちでもいいものが多くて、あるいは、クリティカルかどうかわからないものも多くて、どっちにも一理あるという、豊かな時代の苦悩とも言えるのだろうと思う。

そして自分は自分の選択はすべてクリティカルなことだ、と思い込んでいる節が見受けられる。笑。

強制する家長も不在となって情報がたくさんあってそれぞれの個性を主張できる時代の共同生活というのは、また別の意味で大変なものを背負うことになったんだ、と私には感じられる。

人と人の違いにどう向き合うのか?

世の中は多様性の大切さについて言われるようになり、人種差別や性差別などの問題は克服していかなければならない問題である。

そのことと並べるのはどうかとも思うものの、ここまでのような信条の違い、生物的に言えば生態の違いも、それぞれを認めながら、克服していくべき多様性の一種なのではないか?

私は考えていく内に、そんな風に思うようになった。

自分も周りもあーだ、こーだと自分を主張して苦労しているのだから。

この多様性をどのように認めていったらいいのか?

考えてみても、言われ古された対処法しか思い浮かばなかった。

その一つは、何でもいいよ、という悟りの方向。

もう一つは、相手の自由を尊重しよう、という愛の方向。

最後の一つは、共同生活を避ける方向。

都合の悪いことに最後の一つは、共同生活の素晴らしさを失うという残念な選択にもなってしまっている。

それでも考えたことは意味あるものになんとかしたいから考える。

目新しい対処法はなかったものの、こうして見ると悟りの方向にしても、愛の方向にしても、自分が精神的に強くなければ実現できない、ということが感じられた。

精神的な強さとは、どこでも眠れる強さのような、何でも受け入れられる懐の広さであり、別の面から言うと、自分がやりたいことをする時間を持てているという強さとも言えるかもしれない。

一般的には、自分の好きなことが出来ずに我慢ばかりしている生活では、悟る余裕も相手に愛を示す余裕もないように思えるから。

自由に何でも選択できる社会は、自分の信条に従って自分のベストなもの、ベストな行為を選択できる。

ところが、そのことがベストなものでないと受け入れられない、という自分の狭さ、それは同時に弱さでもあるが、それを創ってしまう。

この矛盾のような、何とも都合よくいかないところが面白い。

『生物はなぜ死ぬのか』 (講談社現代新書)

こちらの本には「生物が死ぬ目的は、進化のためである」とあった。

一世代だけでの変化には限界があるから、DNAにON・OFFが少し加筆されて次の世代に受け継がれ、新しい環境に対応できるように少しマシになって進化していくものなのだと、この言葉を私は受け止める。

長き渡って刻まれたDNAにコントロールされたまま、私はこのままケチで終わるのかもしれない。

社会には新しいDNAの影響をもつ若い種と古いDNAをもつ私のような種が混在していて、そこで新しい情報が書き込まれて、人はわずかかもしれないが変わっていく。

異なる種が共存し、大量な情報と豊かな時代のたくさんの選択肢がそれに拍車をかけて、多様性が広がるのが現代の流れだ。

それは素晴らしくもあるが、一方では共同生活での合意形成において難しさを増す方向にも人を導くものでもある。

この豊かな時代の苦悩に対して、大真面目に考えても私が結論を出せるものではなかったが、ひと通り考えてこういう構造なんだ、と自分なりに納得することはできた。

ここまで来ると、私は変わらない自分、そしてこの豊かな時代の苦悩の真っ只中に生きる自分を、少し面白おかしく、何なら滑稽に眺めることができるようになった。

そして、あんまり頑張らなくていいんだ、と思えるようにもなって楽になった。

一旦はそこまで思えれば、まあそれでいっかあ、そんな風に思えた。

Photo by Xavier L. on Unsplash

【著者プロフィール】

RYO SASAKI

最近、やっと穴が開いていないソックスの捨て時がわかりました。

普通にゆるゆるになって指が自在に動かせるようになった時です。

工学部を卒業後、広告関連企業(2社)に29年在籍。 法人顧客を対象にした事業にて、新規事業の立ち上げから事業の撤退を多数経験する。

現在は自営業の他、NPO法人の運営サポートなどを行っている。

ブログ「日々是湧日」

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