田中 新吾

「敬意のなさ」を態度で示すことの問題は、「相手のパフォーマンスを下げてしまう」ところにある。

先日、下記のツイートがタイムラインに流れてきた。

ツイート主は、先日のサッカー日本代表の試合(W杯アジア最終予選 vs中国)の中で、左サイドバックの長友選手のパフォーマンスに対して集まった数々のコメントを見て一言言いたくなったのだろう。

私の観測の範囲だが、このツイートの他にも長友選手に集まる「敬意を欠いたコメント」に対して、苦言を呈する人は結構見かけられた。

かくいう私も「この人たちには敬意がないのか?」というような類の意見を持った人間だ。

ある脳科学の研究によれば、Twitterは日常生活において最も感情を刺激する行為の一つという報告がある。

これを考えれば「Twitterという環境」が「そうさせている」ところもあるのだろう。

が、それにしても、と私は思った。

それでこの件を端に、ちょっと主張しておきたいことがムクムクと湧いてきたので書いておこうと思った次第である。

何かというと「敬意のなさ」が態度で示されたとき、その人にはどのような影響があるか?という話だ。

頭からお尻まで気分が良くなかったFさんとの面接

話は変わるが、私の「人間関係における態度」のベースは、学生時代の就職活動の時に萌芽した。

理工学部だったのだが、販売促進のアルバイトを通して広告やマーケティングの仕事に関心を持ったため、そういう仕事に携われる会社にいくつかエントリーした。

そんな中で経験した2つの思い出に残っている面接がある。

一つは、某人材情報サービスのポータルサイトを運営している会社での面接だ。

グループ面接を通過し、個別の一次面接をパスした後の「二次面接」のことだった。

面接官のFさんは、初っ端ちょっと嫌な感じの口調で私に質問してきた。

「一次面接の面接官からのコメントに「胡散臭い(うさんくさい)」と書いてあるんですが、これについてどう思いますか?」

質問を受けた私は、

(胡散臭い?他人からそう言われたのははじめてだな・・)

(前の面接官の方が胡散臭いと思ったのならそれはそうなのかもしれないけど、少なくとも自分は本心で誠意を尽くしたつもり)

(まだ何もこちらの話を聞いていないのに最初から聞く質問か??)

と少しイラッときてしまった。

数秒考えた後、

「誰かから胡散臭いと言われたのははじめてです」

と答えた。

するとFさんは「そうですか、分かりました。」と言った。

私のストレス耐性を測るための質問だったのかも?と思いながらも、結局その質問の目的は腹落ちせずだった。

(今思えばなぜその質問をしたのですか?と聞いてみたらよかったと思う・・)

実は面接中、私はFさんの態度がかなり気になっていた。

例えば、

・こちらが話をしている時も下を向いてメモをとってばかり

・アイコンタクトをしてくれない

・口調がすごく上から目線

などが挙げられる。

結局、この面接は頭からお尻まであまり気分の良いものではなく、不完全燃焼感がずいぶん残った。

二次面接を通れば最終面接だったのだが、結果はダメ。

しかし、残念な気持ちよりもむしろ「こんな態度の人と仕事をするのは嫌だ」といった気持ちの方が勝っており、結果は意外とすんなり受け入れることができた。

同時に、これから先、Fさんのような態度を取る人にはなりたくない。

そう強く思った。

「この人のようになろう」と思えたT社長との面接

二つ目は、住宅不動産ポータルサイトの運営をする某社の「最終面接」のことである。

こちらはグループ面接を皮切りに、最終面接まで確か4回〜5回も面接があり、道のりが随分長かったことで印象に残っている。

最終面接はT社長との1対1だった。

人生ではじめて「社長」という重役の方と話す機会だったこともあり、面接がはじまる前はガッチガチに緊張していた。

だが、終わってみれば私は非常にいい充実感と達成感に浸っていた。

というのも、T社長が学生身分の私を相手に、とにかく親身になって応対をしてくれたからである。

「現時点での自分の強みはなんだと思うか」

「今までで一番失敗したと思ったことは何か。そしてその失敗から学んだことは何か」

「入社してその先どのようなキャリアをイメージしているか」

質問から私との間に話題をつくり、アイコンタクトをしながら、リアクションに対して丁寧に接してくれたのだ。

そして、T社長の話している内容が分からなかった時「分からないので教えていただけますか?」と尋ねると、ホワイトボードを使って私に懇切丁寧に説明してくれた。

フォアキャスティングとバックキャスティングによる思考方法は、この面接の時にT社長から教えてもらったものだったりする。

面接終了後、駅のホームで電車を待っていると早速その会社から電話がかかってきた。

人事担当の方から「内定です、おめでとうございます」という内容だった。

結局、その後も就活を続けた私はこの会社ではない別の会社に入社を決めた。

だが、T社長の「人と接する態度」に感銘を受けた私が「この人のようになろう」と思ったのは紛れもなく事実である。

敬意を感じるシグナル・敬意を感じないシグナル

それから私は、諸般の人間関係を通じて、前述の二つの印象的な態度の根本的な違いが「敬意」の有無によるものだった、ということを知った。

これは大変に大きな学びだった。

要するに、T社長の態度には「敬意」が、

そして、Fさんの態度には「敬意のなさ」が現れていた、ということである。

敬意というのは当然ながらそのものを目にすることはできない。

しかし、その人の敬意がインストールされた「態度」は私たちの目によく写る。

例えば。

「アイコンタクトをしてくれた」

「会話中、名前で話しかけてくれた」

「話を遮らずに最後までしっかり聞いてくれた」

「これについてどう思う?と私に意見を求めてくれた」

「言葉遣いが丁寧」

「私に会えたことを喜んでくれた」

「私のことをよく事前に調べ、それを覚えていてくれた」

「仕事内容を分かりやすいように整理整頓して、依頼の相談をしてくれた」

このような態度からは相手の「敬意」が感じ取れ、それによって「自分が尊重されている」ように感じることができた。

私にとって「敬意のシグナル」となっているものだ。

その一方で。

「アイコンタクトをしてくれない」

「会話中、名前を呼んでくれない」

「話を遮り、最後までこちらの話を聞いてくれない」

「私には意見をほとんど求めない」

「言葉遣いが雑」

「仕事の依頼は丸投げ」

「指示が雑」

「約束の時間に何度も遅刻してくる」

相手からこのような態度が示された時には「敬意のなさ」を感じ、「不安」「焦り」「怒り」などのネガティブな感情が多かれ少なかれ発生した。

そして、これらは「敬意を感じないシグナル」としてストックされてきている。

なお余談だが、以前に、よい人間関係におけるコツは想像力と愛、といった話を書いたが、ここまで書いてみて「敬意を感じる」と「想像力と愛を感じる」は私の中では同一のものだとリンクした。

「敬意のなさ」を態度で示すことの問題はどこにあるのか?

話は主題の「敬意のなさ」を態度で示すことの問題はどこにあるのか?、についてだ。

これは私の経験をふまえて思うに「相手のパフォーマンスを下げてしまう」ところにある。

相手から「敬意のなさ」が示された時、示された本人は仕事における生産性を下げてしまうことはもちろん、自分がやりたいと思うことに存分にエネルギーを注げなくなってしまうのだ。

もう少し詳細に言えば、前述のとおり、相手から「敬意のなさ」を感じると多かれ少なかれ頭の中にネガティブな感情が発生する。

そして、そのネガティブな感情は私たちの「脳」を疲れさせる。

脳を疲れさせる大きな要因として、まずは「ネガティブな感情」が挙げられます。

脳のなかで感情を司るのが扁桃体という部分なのですが、たくさんのネガティブな感情を持つと、その扁桃体が過活動の状態になります。

これに反応するように、理性を司っている大脳皮質の前頭葉が、扁桃体の活動を抑えようと一生懸命頑張って働きます。

この前頭葉は元来多くのエネルギーを消費することが知られていますが、こうして扁桃体の活動を抑制しようとする際、さらなるエネルギーロスを起こし、脳が疲れるというわけです。

また、ネガティブな感情や過剰なストレスを多く感じると、セロトニンやノルアドレナリンといった、前向きなやる気や安心を担保している神経伝達物質、ドーパミンという快楽や楽しさを感じさせる神経伝達物質の働きも停滞することになります。

それも、ネガティブな感情が脳を疲れさせるメカニズムです。

参照:“精神科医の禅僧” が教える「脳が疲れる2つの原因」。現代は “脳に悪いこと” が多すぎる。

私たちが好むと好まざるとにかかわらず、1日のうちに使える精神エネルギーには限りがある 。

脳が疲れれば精神エネルギーも消耗する。

したがって、いいパフォーマンスの原動力となっている精神エネルギーが減っていけば、それに伴いパフォーマンスが下がるのは必然の流れだ。

クリスティーン・ポラス氏の著書『「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』の中にも参考になる実験結果が示されていた。

私が行った実験でも、敬意を態度で示されると、敬意のなさを示された時(たとえば、会話中に無遠慮に話を遮られる、など)に比べ、安心感は35パーセント程度向上するという結果が得られている。

また別の調査では、メンバーが安心して仕事に取り組むと、チーム全体の業績が著しく向上するということもわかっている。

誰もが一度や二度は、上司や先輩あるいは顧客に叱られたり、嫌なことを言われたりした経験があるだろう。

そしてその後、何にもやる気にならなくなってしまったのは、脳がネガティブな感情によって疲れ、精神エネルギーが削られ、なくなってしまっていたからだ。

Fさんとしたあの面接もまさにこの状況で、面接中、次第に脳がシステムダウンしていった感覚を今も時々思い出す。

その度に、私は「敬意のなさ」が相手にもたらす悪影響というのは、自分が思っている以上に遥かに大きなことだとあらためて自覚する。

そして、T社長が私にしてくれたように、どんな人を相手にしても、まず自分から「敬意を払おう」と思うのだ。

見るところ、結論から話す、アイスブレイクを入れる、エビデンスを示す、相手の言っていることを言い換えて確認するなど、コミュニケーションを円滑にするためのテクニックは色々と開発されてきている。

だが、これらも結局「敬意」がベースにあってこそ効果が出るもので、敬意がなければ全く無意味と言っていいだろう。

「敬意のなさ」というのは、相手にとって本当に害悪でしかない。

プロに対しての批判はあって然るべきと思うが、敬意を欠いた批判には私は賛同することはできない。

今回書きたいことはこんなところだ。

Photo by Francisco Gonzalez on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

就活していた頃から随分と経ちますが、T社長のこともその会社のこともよく思い浮かべます。このままいくと一生モノの思い出になりそうな勢いです。

幅を愉しむWebメディアRANGER(http://ranger.blog)の管理人・ブロガー・複業実践者。長年のマーケティングの経験があり、商品やサービスとお客さんの出会いを演出するのが得意です。

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