田中 新吾

「当たり前を疑う」ために取るべき行動とは何か。

卑近な話からになるが、私はGW休暇の約半分を静岡県下田市で過ごしていた。

ご存知の方も多いと思うが、下田という地域は伊豆半島の先端に位置し、関東から行くと天城山を超えた先にある。

幕末に黒船と共にペリーが来航した場所として有名だ。

良縁あってここ数年の間は夏と冬の年に2回この場所で休暇をしている。

これまでの滞在というのは滞在場所からそんなに出歩くことはなく、溜まった仕事を処理したり、読書をしたり、散歩をしたりするような過ごし方をしていた。

要するに「場所を変えて普段の生活」をしていたようなものだった。

それでも海と山に囲まれた自然豊かな場所というのは十分リフレッシュになっていたのは確かだ。

ところが、今回の滞在に関しては今までとは違った。

感染症の影響が薄まってきたというところも影響して行動範囲が結構拡がったのだ。

ペリー提督一行が行進したと言われている「ペリーロード」も初めて散策。

月並みな感想かもしれないが、レトロな街並みが居心地よく、自然と自分が生まれる以前の時代に想像を巡らすこともできた。

そして、行動範囲を広げた中で、私にとって驚きの発見は下田から稲取の方に移動した先にある「伊豆アニマルキングダム」にあった。

妻きっての希望であり、動物にほとんど関心のない私は正直言って全く期待していなかった。

がしかし、実際に行ってみると驚くべき学びの要素が複数あったのだ。

とりわけ最高潮だったのが「キリンの舌の長さと色」である。

キリンの舌の長さと色と聞いて、ピンと来るひとはどれくらいいるだろうか?

よほどの動物園好きでなければ知らないことなのかもしれない。

私はその長さと色を「キリンに餌をあげることができるコーナー」で初めて目撃することになった。

こちらから餌(小松菜)を与えると、人間の舌とは比べ物にならない長さの舌を使って、餌をグルンと巻き取り、口まで運んでパクリと食べる。

スマホで「キリン 舌の長さ」と検索したら40cm以上あると出てきた。

そして、その舌の色は人間のものとは大きく異なりグレーや紫の色に近かった。

うわ、気持ち悪っ

それを見た私の第一声はこれだった。

キリンには申し訳なかったが、本当に気持ちが悪かったのだ。

しかし、それと同時に、私が普段使っている舌の長さや色というのは「私にとっての当たり前」であることをキリンのそれによって思い知らされた。

私たちの舌は赤やピンクがかった色をしていて、何かを食べたい時は手で口の側まで持っていくためそこまでの長さは必要ない。

しかし、これは私たち人間にとっての当たり前であって、キリンにとっての当たり前ではないのだ。

ザグレブの人たちは一体いつ仕事をしているんだ?

話は変わって、2019年に新婚旅行でクロアチア・スロベニアに行った時の話だ。

私たちは新婚旅行として、クロアチアの首都ザクレブ、港町ドブロブニク、プリトヴィッツェ湖群国立公園、そして隣国スロベニアのリュブリャナ、ブレット湖などを巡る旅を選んだ。

妻とは違い渡航素人であった私にとっては、観るもの感じるものすべてが新鮮で本当に学びしかなかった。

英語をごく自然に話せるようになっておけばもっと楽しむことができたのだろう。

旅の醍醐味はやはり現地の方との「コミュニケーション」にある、とも再認識もした。

ここでの思い出話はいくつもあるわけだが中から一つ印象に残っている、というか「私の当たり前」を疑わざるを得なかった話をしたい。

クロアチアの首都ザグレブの街中を観光していた時、私の頭の中にはつねに「ザグレブの人たちは一体いつ仕事をしているんだ?」という問いが浮かんでいた。

なぜか??

ご存知の方もいると思うがザグレブの街角には至る所に「カフェ」が点在している。

このカフェの多さというのは「お気に入りのカフェで一息つく時間」がクロアチア人の人生にとって欠かせないという国民性からきているそうだ。

現場を目にしたことがない人からすれば嘘かと思う話かもしれないが、街中は平日でも真昼間からカフェでおしゃべりを興じる人たちで本当に溢れかえる。

だから「え?今日って休日なの?」という感じに世界の認識がバグるのだ。

仕事の打ち合わせをしているのかも?と観察してみても、ビジネススーツを着た人や真剣な話をしているような人もほとんど見られず、皆陽気でただただ楽しそうに会話をしながらお茶を飲んでいた。

隣国であるスロベニアに行った時のガイドはクロアチア人の男性で、その人もとにかく陽気でおしゃべりだった(名前は確かアントニオ)。

クロアチア人は遥かにおしゃべりが好きなのだ、と私は思った。

そしてだからこそ、この国の人たちにとっては真昼間からカフェでワイワイ喋りながら寛ぐ時間が極めて重要な時間になっている。

昼間のおしゃべり時間がなければご機嫌でいることもできず、いい仕事なんてできない、そのくらい重要な位置付けなのだろう。

(実際のところはわからないが)

それまで私にとって「平日の真昼間」というのは仕事をするのが当たり前だった。

ところがザグレブの人たちにとってそれは当たり前のことではない。

さらに、私にとって当たり前でないことがザグレブの人たちにとっては遥かに重要なことなのだ。

前述のキリンの時と同様に、この時も私は自分の当たり前を疑うしかなかった。

「当たり前を疑え」という主張に対して

当たり前を疑え

ここ何年かの間のうちにビジネスシーンを中心によく見かけるようになった主張の一つだ。

そういえば以前入った本屋で見かけた本のタイトルにも用いられていた。

私個人としてはこの主張に心から同意している。

なぜか??

思うに「当たり前」というのは「自分が持っている当たり前」と「他人が作った当たり前」というように大きく二つに分類できる。

私にとってはどちらも疑いたいと思う当たり前の対象だ。

そして「当たり前を疑え」に私が同意できる理由は、

当たり前を疑うことができないと、環境の変化に適応できない。

当たり前を疑うことができないと、自分の人生にならない。

当たり前を疑うことができないと、悩み苦しむ時間が多くなる。

といった具合に複数ある。

とっくに自明なことではあるが、人間という生物は基本的に自分のことを「正しい」と思いたい。

デフォルトがこうなのだから、当たり前は当たり前であると普通に思ってしまうのもデフォルトだと言っていいだろう。

したがって、当たり前というのは疑い過ぎるくらいで良い。

むしろこのくらいの意識でいないと、当たり前というのはずっと変わらず当たり前のままなのだと私は思う。

暫定的な解は、空間、時間、関係をズラす

そして、肝心な「どうすれば当たり前を疑うことができるのか?」という話だ。

これについて前述のキリンの件やザグレブの件などを通して、私は一つの暫定的な解を持ち得ている。

端的に言えば「○○をズラす」というものだ。

○○の中には「空間」「時間」「関係」というものが入ってくると考えていただきたい。

まず「空間」からだが、先に挙げた、キリンとザグレブの話はいずれも「空間をズラす」ことで、私にとっての当たり前を疑うことができた、ということである。

普段メインで生活している空間から、動物園やザグレブというように普段とは異なる空間にズラしたのだ。

それによって私は当たり前を疑うことができた。

時間をズラす」というのは、昔のことが書かれた本を読んだり、昔を題材にした映画を観たり、歴史的な何かに触れるなどでズラすことが可能となる。

大人気ポッドキャスト番組「CotenRadio」の最も大きな価値は、この「時間をズラす」を提供してくれることだろう。

それによってリスナーにとっての当たり前を片っ端から変えていっているのだ。

メインパーソナリティの深井龍之介氏が著した本の中にもそれは書かれていた。

たとえば、今の日本では誰もが決まった家を持っていることになっています。賃貸にせよ持ち家にせよ、ほとんどの日本人には決まった家があって、毎日そこに帰ることになっています。

「あなたには帰る家がありますか?」なんて聞いたら、変な人だと思われてしまいます。

しかし、「帰る家がある」のは人類の当たり前ではありません。

大昔の僕たちのご先祖は定住しない生活を送っていましたし、今も昔も、定住しない生活を送っている「遊牧民」と呼ばれる人たちもいます。

持ち運べる家と一緒に移動しながら暮らす彼らには、僕たちと同じ意味での「家」はありません。

彼らは僕たちとは生活スタイルがまったく違う。

僕らの「当たり前」が必ずしも当たり前じゃないことは、これだけでも分かります。

そして最後に「関係をズラす」である。

社会学や社会心理学においては「私たちは様々な関係性に絡めとられている」というように考える、と私は解釈している。

「人間」という漢字にも現れているように「私たちは人と人との間にある関係性によって人間になる」のだ。

この「関係をズラす」ことで当たり前を疑うことができる。

もう少し具体的に言えば、普段は関係のない他者や事物と関係を持つのだ。

それが違う地域であったり、異国の地のものであれば尚更疑うことができるだろう。

したがって、先のキリンの件もザグレブの件も、空間をズラす例として紹介したがこれらは「関係をズラす」でもある、と私は考えている。

以上3つのズラすは、最近タイムラインで偶然見かけたツイートともリンクした。

「ズラす」の言い方を変えればまさにこうなる。

ということで、私個人としては当たり前を疑い続けたいと思うため、時間、空間、関係をズラすことをひたすらとやっていきたい所存だ。

もちろん、疑い続けて疲れてしまわない程度に、なのだが。

Photo by Juan Gaspar de Alba on Unsplash

【著者プロフィール】

田中 新吾

伊豆アニマルキングダムは、大きな柵がなく動物達と本当に近い距離で触れ合える場所でした。動物園に対しての私の中での「当たり前」も見事に外れた時間でした。

プロジェクトデザイナー/ブロガー/ポッドキャスター。プロジェクトネーミングを起点にプロジェクトチームの運営をするのが得意です。元マーケティング支援会社。複業実践中。詳しいプロフィールはHTML名刺をご覧ください。

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