田中 新吾

「反射が的確な人」に「頭のよさ」を感じる。

タナカ シンゴ

先日、私が使っているアプリケーションにトラブルが発生した。

何かというと以前もこのブログで紹介したタスク管理をサポートしてくれる「タスクシュートクラウド」である。

もはや身体の一部のようになっているこのアプリが突如動かなくなってしまったのだ。

使えなくなって初めてその依存度の高さに気づいた。

もうこのアプリを手放す人生は考えられない。

困り果てた私は、早速サポートセンターに問合せをした。

すると、30分もしないうちにメールが。

結論をもう言ってしまうと、私はこの担当者の対応にとても感動してしまったのである。

その人は、動かなくなった原因を切り分ける質問をメールで私に投げかけながら、数回のやりとりで1時間もかからないうちに主原因を特定。

そして、その対応策までを明瞭に私に提示してくれた。

一連のコミュニケーションは丁寧そのもの。

終始心地が良く、私は「知りたかったこと」を知ることができた。

こうしてタスクシュートは無事に復旧し、私の身体の一部に再び戻ったのである。

この一件が記憶に残るいい経験になったことから、私はこのことを言語化してLinkedinにポストした。

投稿した内容は以下の通りである。

先週問い合わせしたサービスの対応者の対応が本当によかった。

こちらの問いに対して満足のいく対応をしかも迅速に行なってくれた。

顔の見えない関係だけどすっかり好意を抱いている。

『相手の知りたいことを話す』

コミュニケーションはこれがちゃんとできるだけで信用度は一気に高まる。

すると、この投稿に対してある方からコメントをつけていただいた。

「顔の見えない関係だけど・・」

そうそう、ありますよね!逆もしかりですが。。

『相手の知りたいことを話したい』『話される』

だんだん深まる関係は理解できますが、一発でこうなる関係もありますよね。

これってなんでしょうかね?

このコメントをいただいた時、私の頭の中にはある事柄が浮かんでいた。

それが「脳にいい経験が積まれてきているから、初っ端から的確な反射ができる」というものである。

意思は、脳から生まれているわけではない

話は変わるが、私たちには意識上は「自分の意思で行動している」という実感があり、そう思っているところが多分にある。

これは「私たちの意思というのは脳から生まれるもの」と考えている、ということでもある。

しかし、最新の脳研究によれば、意思とは「自分の力で決定したつもり」になっている「イリュージョン(幻想)」でしかない。

要するに、意思は脳から生まれているわけではないのだ。

一体どういうことか???

「やる気は出すものではなく、始めると出てくるものである」という偉大な発見をした脳研究者の池谷裕二氏は、あらゆる行動は、意思が脳から生まれているのではなく、その場の環境と、過去の経験とが融合されて形成される「反射」であるという。

「反射」と聞くと、緊急避難的な運動を起こす「脊髄反射」を思い浮かべる人も多いだろう。

だが、池谷氏のいう反射はそのような単調な反応に限らない。

その場面において惹起される限定的で自動的な応答全般という広義の意味で「反射」という言葉を用いている。

つまり、

・朝出社すると、同僚に会ったので「おはようございます」と挨拶をした

・メールが届いたので、返信のためのメールを書き、送信した

・目の前にランチが出てきたので、それを食べた

・空いたグラスを見つけたので、ビールを注いだ

・Amazonのブラックフライデーを見ていたら、品物をつい購入してしまった

・部下の働きが素晴らしかったので、その場で褒め称えた

・普段かかってくることのない人から着信があったので、電話にでた

・ポケットの中にスマホがあったので、スマホを手にとり眺めた

・お酒が出てくる場所だから、お酒を頼み、そして飲んだ

・鬼滅の刃 遊郭編がはじまったので、観た

このいずれもが「反射」というわけだ。

そして、これらは全て「その場の環境」と「本人が過去に積んできた経験」に依存するものだという。

「頭がよい人」=「反射が的確な人」

池谷氏はさらに、

・苦境に立たされても適切な決断で、上手く切り抜けることができる

・コミュニケーションの場では、瞬時の判断で適切な判断や気遣いができる

こういった具合に「反射が的確な人」のことを「頭がよい」と定義付けてもいる。

「頭がよい」という表現には多義性がありますから、その定義を一概に論じるのはむずかしいのですが、私は、頭のよさを「反射が的確であること」と解釈しています。

その場その場に応じて適切な行動ができることです。

苦境に立たされても、適切な決断で、上手に切り抜けることができる。

コミュニケーションの場では、瞬時の判断で、適切な発言や気遣いができる。

そんな人に頭のよさを感じます。

(太線は筆者)

最近、私は久々にとある地方の「スナック」にいった。

このスナックには過去に3度ほどいったことがあったが、感染症の影響もあって約一年半ぶりとなった。

このスナックには名物ママがいる。

このママにとってスナックはまさに「天職」なのだろう。

思うに、人には必ず天職というものがあり、それを人生のうちに見つけることができる人とそうでない人がいるというだけだ。

そして、このスナックのママは「反射が的確」ということと「頭がよい」を私の中で直結させる人物の一人でもある。

今回も驚かせられたのは、一年半ぶりで、かつマスクをしていたにもかかわらず私を見て瞬時にファーストネームで呼んでくれたことだ。

その的確な反射力は衰えるどころが磨きがかかる一方な気がしてならない。

話を戻せば、結局のところ、

人の成長というのは、この脳が持つ「反射力を鍛える」ことの一点に集約される。

そして、反射を的確なものにするためには「よい経験を脳に積む」ことに尽きる。

これが池谷氏の主張だ。

反射とは言い変えれば、脳という「自動判定装置」のアウトプットである。

あらかじめよい経験を脳に積ませておけば、自動で的確な判定を下してくれる、ということ。

例えば、骨董品の鑑定士は、実物を見ただけで本物なのか偽物なのか、また本物だとすればどれほど芸術的な価値があるかを瞬時に見抜くことが可能だ。

「どれほどたくさんの品を見てきたか」

「どれほど素晴らしい逸品に出会ってきたか」

これらのよい経験が身を結び、的確な反射力が生まれているのだろう。

私がこの知見を知り得たのは今年に入ってからであるが、目にした時、直感的に納得がいった。

私たちは自分の意志が脳から生まれるものだと思いたいだけで、全ての行動はその場の条件と過去の経験よって決まる反射である」は真に慧眼だ。

そして、反射した後、理由はすべて「後付け」なのである。

大事なことは、いい経験を固定化し、脳に積むこと

話は冒頭の、Linkedinの投稿にコメントをいただいた時、私の頭に浮かんでいた事柄が「脳にいい経験が積まれてきているから、初っ端から的確な反射ができる」というものだった件についてである。

前出のコメントに対して、私が返したコメントは以下の通りである。

一発でこうなる人とそうならない人の違い、差分について私が思うことは、脳という自動判定装置の働きによるものなのかなと思いました。

その瞬間の反応反射は結局、過去に脳がどれだけいい経験を積んできたかによるという脳科学の話がありまして、反応が的確にできる人はいい経験を積んできているということなのかなと。

今回の場合、顧客対応ついて私を対応してくれた人が過去にいい経験を積まれたんだろうなあと想像しておりました。

おそらく、応対してくれたタスクシュートクラウドのサポート担当者はこれまでに多くの顧客対応をいい経験として脳に積んできている。

その中で、

「私たちの顧客は誰なのか?」

「私たちの顧客は何に価値を感じるのか?」

「私たちの顧客はいくらなら買うのか?」

「私たちの顧客はどこで買うか?」

「私たちの顧客はどこに不便を感じるのか?」

「私たちの顧客はどうすれば他の人に紹介してくれるのか?」

といった具合に問いを立て、仮説を作り、作った仮説を検証し、そのプロセスの中から、より「顧客の理解」の精度を高めてきたはずである。

このような経験が今までにあったからこそ、鍛えられた反射力が発動し、初っ端にもかかわらず、私に対して的確な応対ができたのだろう。

当然「頭のよさ」を感じずにはいられなかった。

前出のとおりに、あらゆる行動は当人の知識や過去の経験によってすでに決まっている。

しかし、理由を問われたとき誰一人として「ただの反射です」と答える人はいないだろう。

ただ、実際にはそうであること。

人は自分の行動の意味を本人のあずかり知らないところで偽装するクセがあること。

思うに、こういったことを分かっておくと生きやすくなる。

「なぜ、あの時あんなことを言ってしまったのだろう」

「なぜ、あの時気を利かせることができなかったのだろう」

「なぜ、もっと未然に防ぐことができなかったのだろう」

こんな具合に、過去自分がとった行動について反省することの意味は大きい。

原因をしっかり究明しておけば再発の可能性は間違いなく減っていくからだ。

だが、反省したり悩むことばかりに時間を使っていても本質的に成長はしない。

大事なことは「いい経験をする」こと。

そして、その経験をしっかり固定化し、脳に積むこと。

参照:「経験」を自分の身に固定化するために、私がやっている3つのこと。

この鍛錬の継続が、的確な反射力をきっと授けてくれるはず。

本件を通して、自分にとっての「経験」という概念がまた一つ成長した気がする。

Photo by LinkedIn Sales Solutions on Unsplash

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスク管理術)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|「お客様のプロジェクトを推進する歯車になる。」が人生のミッション|座右の銘は積極的歯車

●X 田中新吾

●note 田中新吾

最近ある理由からLinkedin(SNS)を使いはじめました。そこでは久しぶりの出会いがあったり、Twitter、note、Facebook とも違う雰囲気が新鮮で面白いです。

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