田中 新吾

人間における最上の価値は、人間の欲望の本質である「自由の感度」だと知った。

タナカ シンゴ

最近周囲から「Yogiboを買った」「Yogiboが欲しい」という声をよく聞くようになった。

あらためて言うまでもないが、Yogiboとは「人をダメにする」クッションの代表的存在である。

疫病の発生以降、売り上げは右肩上がりに伸長中。

2022年7月時点で230億円強の売上になるとの予測も出ている。(*1)

エクストリームスポーツのメインスポンサーにもなっており、今売れに売れている商品と言って異論のある人はいないはずだ。(*2)

そんなヨギボーに続けと言わんばかりに「人をダメにする」系の商品は次々と市場に投入されていく。(*3)

直近では「自堕落ゲーマーのための電動ベッドが発売」というニュース記事も見かけた。(*4)

一体なぜこの市場は今こんなにも過熱しているのだろうか?

思うに答えはシンプルで、人の「欲しい」すなわち「欲望」にアクセスしているからである。

ご存知、欲望というのは、

食欲、性欲、睡眠欲

生存欲、快楽欲、承認欲、達成欲、学習欲

自己実現欲、愛されたい欲、権力欲、幸福欲、コントロール欲求、健康欲

といった具合にその「形態」は無数に存在する。

そして、Yogiboをはじめとした「人をダメにする」商品が売れているのは、それを買うことで、怠惰欲、堕落欲、ダメになりたい欲といった欲望にアクセスし、それを十全に満たしてくれるからだろう。

今まで私も様々な商品やサービスを観測してきたが、一つの結論としては、欲望にアクセスして、欲望を満たしてくれる商品やサービスというのは非常によく売れる。

現に、コピーライティングの世界では、

「あなたは○○の理由でこれが必要です」

という切り口よりも、

あなたは○○の欲求が満たせます

の方が顧客に刺さりやすいと言われている。

商売と欲望というのは昔も今も切っても切り離せない関係にあるのだ。

かくいう私は最近、人間が持ち合わせる様々な欲望をすべて貫く「欲望の本質」について知った。

それは「「自由」の危機」ー息苦しさの正体ー」という本を読んでいた時だった。

この本は、あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」展示中止や日本学術会議の会員任命拒否など、「表現の自由」や「学問の自由」が制限される出来事が相次いだことを受けて、研究者、作家、芸術家、ジャーナリストらが理不尽な権力の介入に対しての論考が寄せられたものである。

現代を生きる賢人達の「自由」についての論考を知るにはうってつけの本ではないだろうか。

賛否も色々生まれるはずでそれがまたいい。

論考を寄せている方々の中に「苫野 一徳(とまの いっとく)」という一人の若手哲学者がいる。

哲学・教育学徒です。 熊本大学教育学部准教授。博士(教育学)。

多様で異質な人たちが、どうすれば互いに了解し承認しあうことができるか、探究しています。 主な著書: 『NHK100分de名著ルソー「社会契約論」』 『愛』 『「学校」をつくり直す』 『はじめての哲学的思考』 『子どもの頃から哲学者』 『「自由」はいかに可能か』 『教育の力』 『勉強するのは何のため?』 『どのような教育が「よい」教育か』 など。

苫野一徳Blog

実は、私は過去に苫野氏の考えから学ばせてもらったことがあり、この本も苫野氏の自由論を期待して手にとった。

そして「欲望の本質」について知ったのはまさしく彼が寄せた論考の中だった。

苫野氏によれば、

人間の「欲望の本質」は「自由の感度」。

欲望の本質が自由の感度だからこそ、自由の感度こそが人間における最上の価値

ということだった。

ドイツの哲学者 C.W.F.ヘーゲル の主張を土台にした苫野氏の論考

彼の論考は、19世記のドイツの哲学者「C.W.F.ヘーゲル」の主張が土台となっている。

ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)[1770〜1831]ドイツの哲学者。

自然・歴史・精神の全世界を、矛盾を蔵しながら、常に運動・変化する、弁証法的発展の過程としてとらえた。また、欲望の体系としての市民社会概念を明らかにした。ドイツ観念論の完成者で、その弁証法は、マルクスにより弁証法的唯物論として批判的に継承された。著「精神現象学」「大論理学」「歴史哲学」。

コトバンク

曰く、ヘーゲルこそ、人間の欲望の本質は「自由」であることを鮮やかに描いてみせた人物というのだ。

苫野氏はヘーゲルの論旨を以下のように簡明化して説明している。

・まず、私たち人間はさまざまな欲望を持ち、それを自覚している存在である

(動物も欲望は持っているが自覚しているとは思えない)

・人間という動物は、複数の複雑な欲望を持ち、それを自覚している、あるいは自覚しうる存在である

・この欲望を持っていることよって私たちはつねに規定され、制限され、そのせいで何らかの不自由を自覚している

・欲望自体によって規定されたり制限されたりというのは、

例えば、

愛されたいでも愛されない。

認められたいでも認められない。

幸せになりたいでも幸せになれない。

お金持ちになりたいでもお金持ちになれない。

というようなモノ

・人間はこのような「欲望存在」であるが故につねに不自由を感じずにはいられない

・そして、これら諸欲望を達成するにせよ、あるいはなだめるにせよ、私たちは必ず何らかの形で「自由」を欲している

これは私にとって驚きと共に大きな発見となった。

それは、今までの人生で、人間は欲望存在であるからこそ、常に不自由を感じ、自由を欲しているなんぞ微塵も考えたことがなかったからである。

では、欲望の本質である「自由」とはいったい何なのだろうか?

さらに言えば「自由の本質」とはいったい何なのだろうか?

苫野氏はこの疑問に対しても納得のいく考えを提示してくれた。

・この世の中には、裕福になったことで自由になったと思う人もいるが、裕福になったからこそ不自由になった人もいる

・また、職業選択の自由があるから自由になれたと思う人もいれば、そのためにどう生きれば良いか分からないという不自由を感じている人もいる

・ということは、私たちは何らかのあらかじめ決められた「自由な状態」に置かれた時に自由を確信するのではない

・「ああ、今の自分は自由だ」という「感度」を得られている時にそれを「自由」と確信する

・つまり、「感度」こそが自由の本質

以上のまとめとして、

欲望存在である人間にとって価値が高いのは欲望を満たすことであって、様々な形態をとる欲望をつらぬくその本質が「自由の感度」であるならば、「自由の感度こそが人間にとって最上の価値」となるのではないだろうか。

という主張だった。

そして、こうした苫野氏の論考に私は直感的にとても納得がいった。

本質的な視点がインストールされると、事物への考えが深まり解像度が上がる

実際、人間にとっての最上の価値は「自由の感度」という本質的な視点がインストールされると、事物への考えが深まり解像度が上がる。

例えば、以前行った「ストレングスファインダー」によれば、私の一番の資質は「学習欲」と出た。(*5)

これは戦略的思考力の資質の一つで、知らなかったことが知っているの状態になっていく、その階段状のプロセスを楽しむ資質と言われている。

シンプルに言えば、文字通り学ぶのが好きな、学びを心から楽しむ資質と言えるのではないだろうか。

私の場合、この資質が最上位にくるのだ。

自分自身が自覚している様々な欲望の中でも最上位といっても違和感はない。

これを「自由の感度こそが人間にとって最上の価値」と重ねてみる。

すると、私は何かを学習をできているときに「ああ、今の自分は自由だ」という「自由の感度」を感じ、それを常に求めているということになるだろう。

この繋ぎは今までの人生を振り返ってもとても納得がいく。

私は学習を妨げられる何かがあった場合、それを何らかの仕方で克服し、そこから解放され、できるだけ納得するところを目指してきたという思い当たる部分が多くあるからだ。

そして学習の不足を感じる時、私はその現場に不満を抱いてきた。

(例えば、非生産的な業務に追われて学習する時間が十分に取れないなど)

これは今現在も変わらない。

それゆえ、もしも何者かが私から学習を完全に奪うようなことがあった場合、怒り、命をかけて反乱を起こす可能性は高い。

なぜなら、自由の感度をかなりの部分で得ることができる「学習」は私にとって極めて大切なものだからである。

人類の数万年に及ぶ「戦争の歴史」もこれと同じ理屈だろう。

つまるところ戦争とは「自由の感度」をめぐる戦いだからだ。

冒頭の「人をダメにする」系の商品が売れている件についても、苫野氏の考えをふまえると「自由の感度」がよく満たされるから売れている、という説明が可能になる。

疫病の蔓延によって不自由を強制された人たちが、自由の感度を得ることができる場所としてたどり着いた、といった説も展開できるはずだ。

他にも、相手がイライラしているのを見たとき、

「ああ、今の自分は自由だ」と感じられていない時間を多く過ごしているのかもしれない。

そのような人が、自由の感度を得るためにはどうするのがいいのだろうか?

といった考えも巡る。

何かの商品企画をする際も、顧客のどういう欲望を満たし、その奥に潜む「自由の感度」をどのように得てもらうかという視点は仮説をより鋭くしてくれる。

話は大きく変わるが「L’Arc〜en 〜Ciel(ラルク アン シェル)」というロックバンドの「自由への招待」という楽曲をご存知の方はどれくらいいるだろうか?

30代以上の人であれば「ラルク」は知っている人は多いと思う。

だが、「自由への招待」を知っているとなるとその数はもう少し絞られてくるのかもしれない。

かくいう私はこの楽曲が好きだった。

学生の頃、カラオケにいけば時々歌っていたことを思い出す。

しかし、その当時は、タイトルの意味や歌詞の意味などはよく考えることもなく、メロディが好みで、歌ってて気持ちいいからということでお気に入りだった曲である。

欲望の本質を知った今、この楽曲に対しての意味付けも変わった。

・欲望存在である人間が、この世に生まれ落ちることはまさしく「自由への招待」

・より詳細に言えば「自由の感度を感じることができる世界への招待

・「自由への招待」という楽曲は、私たち人間にとって極めて本質的なことを歌った曲ではないか

今の私はこのような解釈に変わっている。

自由であることの苦しみが、自由の価値を見失わせる

苫野氏によれば、近代ヨーロッパの哲学者たちは、長い間「自由」を人間における最上の価値だと考えてきたという。

これは時代背景を考えれば納得がいく。

一万年以上もの間、戦争や過酷な支配社会の中で生きるしかなかった人類にとって、生命の安全は言うまでもなく、個人の尊厳、すなわち生き方や思想信条の「自由」は何としても掴み取りたいものだったのだ。

ところが、今現在、政治的自由も、生き方の自由も、当時とは比較にならないほど手にした私たちは自由の価値をさほど自覚的には感じなくなってしまった。

むしろ、現代社会において「自由であることの苦しみ」に苛まれているという。

「どのように生きてもあなたの自由だ」と言われる。

しかしだからこそ、わたしたちは、ではどのように生きればよいのか悩み迷うことになる。

そればかりではない。

苛烈な自由競争社会の中で、わたしたちの多くは、むしろ「自由」の中に投げ入れられることの苦しみを味わっている。

成功も失敗も、あなたの「自由」な生き方の結果である。

多くの人が、そんな「自由」への道は、長いトンネルのようだ。

トンネルの先と手前とでは、見える景色が全く違う。

このような「自由であることの苦しみ」が「自由の価値を見失わせる最大の理由」になっていると苫野氏は言う。

そして、日本学術会議の騒ぎの背景にあるのは、社会に漂う「学問の自由」ひいては「自由」を軽視する空気感によるものではないだろうか?

こうしたセンサーが反応したため、今あらためて「人間における最上の価値は自由(の感度)」であることを論証する必要性を感じた、と述べていた。

「自由であることは苦しくもある」と思っていた私にとって、苫野氏のこの論考は今後の人生において大きな影響を及ぼしそうな気がしている。

欲望存在である以上、自由の感度とは切っても切り離せず、絶えずそれを求めている

今後は人間はそういうものだと思って、自分自身や他人の観察をしていきたい。

*1 最強ソファ「Yogibo」が230億円規模に成長 おうち時間のお供に

*2 Xgames

*3 部屋に一つはほしい “人をダメにする”多機能ビーズクッション9選

*4 自堕落ゲーマーのための電動ベッド発売、一日中ごろごろできる電動リクライニング付き

*5 なぜ私は「今日の仕事が、楽しみ」なのか。その本質的な理由が分かった。

Photo by Christopher Campbell on Unsplash

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスクと時間を同時に管理するメソッド)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|座右の銘は積極的歯車。|ProjectSAU(@projectsau)オーナー。

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

ハグルマニの週報

ラルクの「自由への招待」って楽曲は最高なんですが、PVがダサすぎるのが残念なところなんですよね。でもこれもまた印象に残る要因ではあるのですが。狙ってやってる?

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