田中 新吾

「考える」ためのチャンネルを持ちながら、老いていくのが「いい老い方」なのかもしれない。

タナカ シンゴ

私が観るYoutubeのテーマというのは、サッカー、Marvel、StarWras、ニチアサ、フォートナイト、スプラトゥーン、養老孟司さん関連というようにほぼジャンルが固定されている。

これ以外のジャンルのYoutubeを観ることはほとんどない。

だからこそ時折、妻から教えてもらう他ジャンルの番組というのが私にとっては貴重で新しい情報源の一つとなっている。

先日も「これ知ってる?」という具合に私の知らない番組を紹介してくれた。

柴崎さんという「絵描き」の方のチャンネルである。

この記事を書いている時点で、チャンネル登録者数134万人。

Twitterのフォロワー数も6万人。

今までまったくもって存じ上げなかったが言わずもがなのインフルエンサーだ。

そんな柴崎さんだが見てのとおりのご老齢である。

年齢や生年月日を公表しているところが見当たらなかったため、実際の年齢は分からないが、推定70代くらいではないだろうか。

一つでも動画を観ていただければ瞬時に分かると思うが、この方の腕前はプロ中のプロである。

柴崎の添削」という企画があり、応募者から届いた絵を題材に「私が描くとこうなる」の一部始終が観れるものがあるのだが、それがもう圧巻だ。

一通りの動画をみて何よりも私が驚いたのはその「若さ」である。

「自宅で自撮りした動画を自分で編集してYoutubeにアップする」というのは若者の専売特許とするところだと思うのだが、柴崎さんはそれを(おそらく)一人で全てやられている。

動画内のご本人から感じるお人柄はもちろん、視聴者からもらったコメントに対しても漏れなく丁寧にお返しをされておりコミュニケーションの態度も本当に素晴らしい。

そして、私は柴崎さんという存在を知りこんなことを思うに至った。

「考える」ためのチャンネルを持ちながら「老い」ていくのが「いい老い方」なのかもしれない、と。

「考える」とは何か?

ここで「考える」とは何かについて、今現在の私見を述べておきたい。

というのも「考える」という概念は人によって定義がまちまちだと思うからだ。

世の中には「思い浮かべる」や「思い出す」や「覚える」くらいの行為を「考える」だと認識している人も実際にはいる。

私からすればハッキリ言ってこれらは全然考えていない。

「情報を集める」とか「その情報の加工やグラフ化の作業」だと認識している人もいるかもしれない。

しかしこれも私からすれば「考える」ではない。

では私にとっての「考える」とは一体何か?

その定義を言うと「インプットをアウトプットに換えること」である。

これが現時点での私にとっての「考える」だ。

実はこれ、社会派ブロガーで知られる「ちきりんさん」が用いている「考える」の定義でもあり、私自身の経験則と重ねてこれほど我が意を得たものはない、ということで活用させてもらっている次第である。

ちきりんさんが著した「自分のアタマで考えよう」は、私が前職の会社に入社して間のない頃、取締役の方からのススメで読んだものなのだが、あの時出会っておいて心からよかったと思える一冊だ。

「考えること」「思考」とは、インプットである情報をアウトプットである結論に変換するプロセスを指します。

「私は考えた」というのは、「私はあるインプットをもとに、なんらかの結論を出した。ある考えに至った」という意味です。

それは仮の結論でもいいし、最初の段階では間違ったものかもしれません。それでも「その時点での結論を出した」というのが「考えた」ということです。

「私は考えた!」と言って、「じゃあ結論(=あなたの意見)はなに?」と聞かれたときに、なにも浮かんでこないのであれば、それはじつは考えていないのです。

(太線は筆者)

つまり、いくらインプットをしたとしてもアウトプットに換えることをしなければ、それは「考える」ことにはならない。

インプットしたものを、インプットしたそのままに相手に伝えることをしても「考える」ことにはならないのだ。

そんなちきりんさんは、インプットからアウトプットに至るまでのプロセスを図示することでも「考える」ことについて明らかにしている。

これが意味するところは「考える」を成立させるためには「アウトプットする場」を持たなければならない、ということである。

そしてさらに「アウトプット」というものは「他者評価が伴うもの」だと私は思う。

であるから、他者評価のない創作活動は「趣味」と呼ぶべきで「自己満足」に過ぎず。

したがって、厳しいがこれも「考える」はしていない。

思うに、アウトプットというのは、他者の良いも悪いも受け入れて、改善をし続ける活動だ。

だから精神は当然鍛えられていく、そういうものだと思っている。

老人になると、ほとんど考えないようになる

傑作ミステリー「すべてがFになる」などで知られる作家の森博嗣氏は「勉強の価値」という本の中で「老人になると、ほとんど考えないようになる」と述べているところがあった。

友達とおしゃべりする場合も、ほとんど考えてはいない。

特に相手の話に相槌を打っているだけの人が多いし、また、自分が話すにしても、TVで見たこと、誰かから聞いたことを、そのままコピィしてアウトプットしているだけだ。

自分なりの簡単な「感想」として、「ちょっとねぇ」くらいの曖昧なコメントが付け加えられている程度。

これらはすべて「反応」である。

老人になると、これまで積み重ねてきた経験があるため、ほとんどの事象に対して、反応の仕方が決まっている。

この場合はこう、こういうときはこんなふうに、と自分の行動がほぼ決定していて、迷うことがない。

迷わないのは、考えていないからである。

考えていないから、頭が固くなり、認知症が進行する、という結果になるのではないか。

老人になると、考えることはしなくなり、反応するだけの人になってしまう。

考えることをしなくなるから認知症は進行する、というのだ。

しかし例えば、「模型を作っている」ような老人はこうはならないとも言う。

模型を作っている老人というのは、次は何を作ろうか?

どんな風に作れば良いか?

何か新しいことをやって仲間を驚かせてやろう!などと考えている。

こうだからこそ、80代、90代になっても作り続けることができる、ということだった。

前述した「考える」の定義は、こうした森氏の考え方とも見事に結びついた。

今の私が思うに、年齢をどんなに重ねたとしても「考える」ことを続けている人は「老人」ではない。

だが「考える」ことを放棄した人はどんなに若くても「老人」になり得る。

「どう老いるか」も全て自分次第

話は冒頭の柴崎さんというyoutuberの話だ。

私が柴崎さんのご活動から学んだこと、そして立てた仮説は「考える」ためのチャンネルを持ちながら「老い」ていくのがいい「老い方」なのかもしれない、というものだった。

先に述べたとおりだが「考える」ためにはアウトプット、つまり「他者評価が伴うチャンネル」を持つことが必要だ。

「他者評価を伴うチャンネルを持つ」と聞くと、真っ先に思い浮かぶのは、SNSで発信したり、Youtubeで動画配信をしたり、ブログで記事を書いたりして公開することかもしれない。

これらももちろん良いと思う。

しかし、実際にはその領域はもっと広く考えていい。

例えば、「ビジネスをする」ことも、家族のために「料理を作る」ことも、何かの「資格を取る」ことも他者の評価が伴うアウトプットのチャンネルだ。

こうしたチャンネルを持ち続け、それを使い続けていくことはまさに「考える」を日常的に実践していくことになる。

そして、運用の回数が多いチャンネルや、複数のチャンネルを同時運用するなどをすればするほど「考える」の実践回数は自ずと多くなると思うのだ。

私たち人間の身体の細胞は、これ以上細胞分裂ができなくなると細胞老化という状態に入ると言われている。

そして、細胞老化により見た目をはじめとした様々な機能が老いていくらしい。

これに対して「テロメア」という細胞の端に存在しているものの長さを伸ばすことができれば、老化を遅らせることができ、病も防げるということで注目を集めているような動きもある。

柴崎さんのご活動を知り、「いい老い方」というのは恐らくあって、その鍵となるのは「考える」ことなのではないか?と考えるに至った。

以前、町医者である私の義母から「料理を作ったり、掃除をしたり、家族のために家事をする人はボケることはない」と聞いたことがある。

これもまさしく「考える」ことをしているから、という理由で説明がつけられるのかもしれない。

いい老い方だった」と言えるのは、実際にそうなってみなければ言えたものではない。

というわけで、この度獲得した仮説を自分自身で検証すべく、この先の人生を過ごしていきたいと思う。

「どう老いるか」も全て自分次第だ。

Photo by Mike Cox on Unsplash

【著者プロフィールと一言】

著者:田中 新吾

プロジェクトデザイナー|プロジェクト推進支援のハグルマニ代表(https://hagurumani.jp)|タスクシュート(タスクと時間を同時に管理するメソッド)の認定トレーナー|WebメディアRANGERの管理人(https://ranger.blog)|座右の銘は積極的歯車。|ProjectSAU(@projectsau)オーナー。

●X(旧Twitter)田中新吾

●note 田中新吾

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